東京工業大学(東工大)は9月23日、「強誘電体」の中で高い強誘電性を持つことが報告されている「窒化アルミニウムスカンジウム」について、スカンジウムの割合を少なくすることによって、従来よりも高い強誘電性を発現する薄膜の作製に成功したと発表した。また、10nm以下の窒化アルミニウムスカンジウム薄膜でも強誘電性があることを確認したことも合わせて発表された。

同成果は、同大学物質理工学院材料系の舟窪浩 教授(同大学元素戦略研究センター兼任)、同・安岡慎之介 大学院生(修士課程2年)らの研究チームによるもの。詳細は、米物理学会発行の「Journal of Applied Physics」に掲載された。

強誘電体は、電圧の印加方向によって結晶の安定した状態(分極状態)が2種類あり、また電源から切り離してもその時点の分極状態を保持できるという特徴を持った物質だ。分極状態を保持するための電力をまったく使わないため、理論的には電源がなくても情報を保持できる「不揮発性メモリ」を作製することができる。強誘電体を利用したメモリはすでに交通系ICカードなどで広く実用化されているが、強誘電体の薄膜の作製が難しいことから、まだ一部の用途に限られているという課題がある。

そうした中、2019年にスマートフォンの高周波フィルターとして使われている「窒化アルミニウムスカンジウム」が、強誘電体の中でも最大級という高い強誘電性を持っていることが報告された。しかし、そのままメモリとして使うには特性などの情報が不足していた。

2019年の発表では150nm膜厚であったのだが、メモリとして利用するためにはさらなる薄膜での強誘電性などを確認する必要があった。しかし強誘電体は、薄膜化していくと強誘電性が失われる「サイズ効果」が生じることが知られており、窒化アルミニウムスカンジウムをメモリとして実際に使用することが可能なのかどうかについては、明らかになっていなかった。

そこで研究チームは今回、気相にしたスカンジウムとアルミニウムの金属を窒化ガスと反応させることで、スカンジウムとアルミニウムの比(Sc/(Al+Sc))が異なる数種類の窒化アルミニウムスカンジウムを作製し、比較を実施。その結果、従来の報告と比べ、Sc/(Al+Sc)比が小さく、かつ電源を切り離したときに残る1cm四方あたりの静電容量(残留分極値)が大きい、強誘電性を有する薄膜の作製に成功したのである。

  • 強誘電体

    (左)電源から切り離したときに残る1cm四方あたりの静電容量(残留分極値)と膜中のSc/(Al+Sc)比の関係。(右)反対の分極状態に変えるための1cmあたりの抗電界(Ec、中塗り点)および印加できる1cmあたりの最大電界(Emax、中抜き点)と膜中のSc/(Al+Sc)比の関係 (出所:東工大Webサイト)

また、Sc/(Al+Sc)比が小さいほど、ある分極状態から別の分極状態に変更する(反転させる)のに必要な1cmあたりの電圧(抗電界)と、印可できる1cmあたりの電圧(最大電界)の差が広がることも確認された。このことから、Sc/(Al+Sc)比を小さくする、つまりスカンジウムの濃度を低くすることで、分極状態を繰り返し反転させても、2つの状態の間で安定した行き来を実現できることが突き止められたのである。

さらに、これまで課題とされてきた低消費電力化に不可欠な薄膜化についても検証が行われた。膜厚を48nmまで薄くしても、高い強誘電性を維持できることが確認されたほか、9nmの薄さにしても強誘電性を発現することが判明したという。

  • 強誘電体

    (a)種々の強誘電体を電源から切り離した際に残る1cm四方あたりの静電容量(残留分極値)の膜厚依存性。今回確認された残留分極値は、代表的な強誘電体Pb(Zr0.2Ti0.8)O3の2倍以上の大きさであることがわかる。(b)厚さ9nmの薄膜に+6Vを印加した後、一部領域にのみ-6Vを印加した模式図。(c)同じ範囲の非線形誘電率顕微鏡像。2通りの分極状態に対応したコントラストが像となっており、電圧の印加によって反転できていることが確認された (出所:東工大Webサイト)

研究チームは今回の成果により、今後、(1)低消費電力で動作する強誘電体メモリの実用化の加速、(2)IoTの端末用メモリとしての応用、(3)新規デバイスへの応用、という3点の波及効果が期待されるとしている。