東京薬科大学(東薬大)は、国際宇宙ステーション(ISS)にて2015年より開始した「たんぽぽ計画」において、微生物を宇宙空間の太陽紫外線照射環境下で3年間暴露しても、死なずに生きていることを確認したと発表した。これにより、微生物が隕石に乗って火星と地球を移動する最短時間であれば生存が可能であることが示されたとしている。

同成果は、同大学およびJAXAの山岸昭彦 名誉教授、量子科学技術研究開発機構(QST) QST未来ラボ宇宙量子環境研究グループの小平聡グループリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、「Frontiers in Microbiology」に掲載された。

微生物が宇宙空間を移動する可能性があることは、「パンスペルミア」仮説として100年以上も前から提唱されている。その検証のため、欧州とロシアの研究者によりISSにおいて実施されたのが、微生物の胞子を宇宙空間に暴露する実験だ。その結果、紫外線を遮断しさえすれば、胞子は長期間宇宙空間で生存することが確認された。これは、隕石や彗星などに乗って守られた状態であれば、微生物が宇宙空間を長期間移動できる可能性があることを示した結果であり、「リソパンスペルミア」(リソは岩石の意味)が提唱されるようになった。

そのような実験を受け、2007年にISS暴露部第二期利用計画共用ポート利用実験として採択されたのが、「たんぽぽ計画」だ。具体的には、2015年から東薬大とJAXAの共同研究として、そこにQSTなど26の研究機関も参加して実施された。内容は、先の欧州とロシアの実験よりもさらに過酷なもので、放射線耐性菌「デイノコッカス」の菌体を塊として、太陽紫外線の当たる宇宙空間に3年間にわたって暴露し、生存が可能かどうかが確かめられたのである。

太陽からの紫外線は、その多くが大気に吸収されてしまうため、地上まで届くのは主に日焼けの原因となる比較的安全なものだ。ただし、宇宙空間では話が大きく異なる。より強力な紫外線は、DNAを破壊する危険性が高く、通常の菌であれば3年間も浴びていたら、まず生存は不可能なはずだ。しかし、デイノコッカスは3年間浴びても生存していたのである。もし太陽紫外線が当たらない状態であれば、数十年は生存できるという。

この3年という生存期間は、火星から地球まで微生物が生きたままやって来られる可能性があることを意味するからだ。なぜ火星かというと、近年、地球の生命が誕生した場所の候補として、地球の深海の熱水噴出口や地上の温泉地帯などに次いで、火星がクローズアップされているからだ。太陽系創世の歴史において、火星は小型であることから、ドロドロのマグマの塊から冷却するのが、地球よりもずっと早かった。そして温暖な気候となり、海や湖などもでき、いち早く生命が誕生できる環境が整ったと考えられているのである。

しかも、火星から地球までやってくるのにロケットなどはいらない。火星は地球の3分の1ほどの重力しかないため、大型隕石が落下した場合、その衝撃で飛び散る破片が火星の重力を振り切りやすいのだ。これまで、火星は何度も大型隕石の落下を受けては、宇宙空間に多量の破片をばらまいてきた。実際にそうした破片は隕石となって地球にも数多く落下し、日本の国立極地研究所も南極で発見して所有している。とはいえ、こうした自然現象によって宇宙空間に飛び出した火星の破片が地球に到達するには、偶然最短コースを通る確率は非常に低いため、平均すると数千万年もかかるという。

ただし、それもタイミング次第では大きく変わってくる。通常、地球と火星は約2年2か月ごとに最接近するが、火星の公転軌道は地球の公転軌道よりも楕円であることから、最接近時の距離にもバラツキがあり、約15年に1度に大接近が訪れる。実際、NASAの火星有人探査計画では、2030年代の大接近時を利用して地球を出発し、最短のホーマン軌道を描いて半年ほどで火星まで向かう計画とされている(まだ時期は決まっていない)。つまり、タイミングさえ合えば、3年もかけずに火星から地球まで微生物が生きたままやってくることができる可能性があるのだ。火星で誕生した微生物が塊となって宇宙空間を生きて移動し、地球までやってきたとする過程は、「マサパンスペルミア」(マサは塊の意味)と呼ばれている。

なお今回の実験が実施されたのは、ISSが周回する地上から約400kmの地球周回低軌道だ。同軌道はバンアレン帯の下にあるため、太陽紫外線は届くが、もうひとつの生物にとっては危険な太陽風や宇宙線などの宇宙放射線からは比較的防御されている(もちろん地上ほどではない)。山岸名誉教授らは今後の展開として、バンアレン帯の外側で微生物暴露実験を行えば、さらにパンスペルミア仮説のより良い検証が可能なはずだとしている。

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    (左)宇宙暴露実験装置 (画像提供:たんぽぽチーム)、(右)国際宇宙ステーション(画像提供:JAXA/NASA) (出所:東京薬科大学プレスリリースPDF)