南極アムンゼン・スコット基地の地下に設置されているニュートリノ観測所「IceCube」で検出された高エネルギーのニュートリノが、地球から約39億光年先のブラックホールから飛来したものであることを突き止めたと天文学者の国際チームが発表した。
高エネルギーの宇宙線やニュートリノの発生源が何であるのかについては長年議論が続いている。超新星の残骸、銀河同士の衝突、活動銀河核のブラックホールなど諸説あるが、具体的な発生源を観測によって特定できたのは今回が初めて。研究論文は科学誌「Science」に掲載された。
IceCubeで2017年9月22日に検出された高エネルギーのニュートリノについて、オリオン座方向・約39億光年先のブレーザー「TXS 0506+056」から飛来したものであることを確認したとする。ブレーザーは、巨大楕円銀河の中心部に存在する高輝度の天体であり、その正体は銀河中心で高速回転している大質量ブラックホールであると考えられている。
ブラックホールの回転軸から垂直方向には、光および素粒子からなる高エネルギーのジェット対が噴出しているとされる。今回検出された高エネルギーのニュートリノの発生源はTXS 0506+056のジェットであると考えられている。NASAのフェルミガンマ線宇宙望遠鏡、カナリア諸島ラ・パルマ島に設置された大気チェレンコフ望遠鏡MAGIC(Major Atmospheric Gamma Imaging Cherenkov Telescope)など、他の観測施設のデータもこの発見を裏付けているという。
2014年末から2015年初頭にかけての観測データをさかのぼって再検証したところ、TXS 0506+056由来と考えられるニュートリノ事象も新たに十数個確認されており、TXS 0506+056が高エネルギーのニュートリノ発生源であるとする見方を補強する結果となっている。
IceCubeは、高圧力の熱水を使って南極の氷層に深い縦坑を掘って作られたニュートリノ観測所である。縦坑は1km四方の範囲に86本掘り、高圧熱水で融けた氷が再び凝固する前に縦坑内部にニュートリノ観測用モジュールを送り込んだ。観測モジュールは深さ1450~2450mの範囲に17m間隔で設置されているので、1辺が1kmの氷の立体の内部に多数の観測機器が格子状に並んでいることになる。
IceCubeでのニュートリノ検出の仕組みであるが、ニュートリノが氷の内部を通過するとき、原子と衝突してミュー粒子が生成されることがある。氷の中を進む光の速さは真空中の光速よりも24%程度減速するため、ミュー粒子の速度が氷中の光を超えることで衝撃波が発生する。この衝撃波はチェレンコフ光と呼ばれる青い光として観測できるので、これをもとにニュートリノのエネルギー強度と飛来方向を特定することができる。観測モジュールを地下深く埋める理由は、浅い場所の氷には気泡が入り込んでしまい、気泡による光の散乱が観測の邪魔になるからであるという。
IceCubeでは数分に1回という頻度でニュートリノが検出されているが、そのほとんどは宇宙線粒子が大気中の原子核に衝突したときに生成される低エネルギーのニュートリノである。今回観測されたような高エネルギーニュートリノが検出されることはまれであり、検出時にはアラートが出て世界各地の研究者がニュートリノの発生源を調べるという体制になっている。
今回観測されたニュートリノは約300TeV(テラ電子ボルト)という高いエネルギーをもっていたという。ちなみに、世界最大のハドロン衝突型加速器LHCで26.7kmのリング状コースを周回する陽子のエネルギーが6.5TeVである。
ブレーザーがこうした高エネルギーのニュートリノの発生源になっているという観測結果は、ニュートリノ以外の高エネルギー宇宙線についても、ブレーザーを発生源とするものがあることを強く示唆している。
荷電粒子で構成される宇宙線は宇宙空間に存在する磁場の影響でコースが曲がるため、地球から観測してもその発生源は特定できない。これに対して、ニュートリノは電気的に中性なため磁場と相互作用することがなく、質量も極端に小さいため物質との相互作用もサブ原子レベルの距離でしか働かないので、途中の天体を通り抜けて宇宙空間をどこまでも直進できると考えられる。このため地球からの観測によってニュートリノの発生源を特定することができる。