理化学研究所(理研)は、同研究所の研究グループらが、植物の根の正常な伸長には「小胞体ストレス応答機構」に関わるふたつの転写因子が必要であることを明らかにしと発表した。
この成果は、理研環境資源科学研究センター機能開発研究グループのキム・ジュンシク氏と篠崎一雄氏、東京大学大学院農学生命科学研究科の篠崎和子教授らの共同研究グループによるもので、1月24日付けで国際科学雑誌「Plant Physiology」オンライン版に掲載された。
地中に根を張る陸上植物は、自ら移動して最適な環境に移ることができないため、複雑なストレス応答機構を発達させてきた。植物は環境ストレスによって生長全般が抑えられるが、特定の組織に対する生長制御に関してはよく分かっていなかった。
真核生物の細胞内に存在する、細胞小器官の一種である小胞体は、過剰な変性タンパク質の蓄積をストレスの一種と認知し、その程度に応じてタンパク質加工プロセスを強化する遺伝子発現制御経路を持っている。「小胞体ストレス応答機構(UPR)」と呼ばれるこの機構は、さまざまな種類の環境ストレスに応答するため、細胞が外部環境を統合的に判断するバロメーターのひとつとして機能していると考えられる。
代表的なモデル植物である「シロイヌナズナ」では、3つのbZIP型転写因子(bZIP17、bZIP28、bZIP60)がUPRを制御している。このうちbZIP28とbZIP60は、植物にさまざまな環境ストレスに対する耐性を付与することが明らかになっているが、bZIP17の機能についてはよく分かっていなかった。
研究グループは、bZIP17のUPR制御における機能を明らかにするために、シロイヌナズナを用いて多重欠損変異株の作出を試みた。その過程で、これまで致死として報告されていたbZIP17とbZIP28の二重欠損変異株(bz17/28)の作出に成功した。その結果、各bZIPの単一欠損変異株が野生株(WT)と変わらない発生・生長を示すのに対し、bz17/28変異株は野生株に比べて生育速度が遅く、矮性(背丈が低い)を示した。特に、根部の伸長における表現型の異常が著しく、野生株に比べてわずか10%程度までしか伸長しなかった。
転写因子は下流の遺伝子発現を制御するため、ふたつの転写因子をなくしたbz17/28変異株では、根の伸長に重要な未知の遺伝子の発現が欠如していると予測された。bz17/28変異株と野生株間の網羅的遺伝子発現解析を行い、両者で発現の差がある遺伝子を調べた結果、複数の細胞伸長遺伝子が、bz17/28変異株において発現抑制されていることがわかった。既知のUPRの下流遺伝子は、小胞体ストレスに敏感に応答して発現が上昇するが、これらの細胞伸長遺伝子はそのような応答性を示さなかった。これは、植物がbZIP17とbZIP28を介し、既知のUPR制御とは異なる経路で複数の細胞伸長遺伝子の発現を維持し、その結果、根の正常な伸長を維持していることを示している。
この成果は、植物の根の伸長制御にUPRが関与することを示しており、根の伸長に関する新たな制御メカニズムを提案する。UPRが外部環境を統合的に感知する機構であることから、この制御メカニズムは、野外の激しい環境にさらされる植物が示す最適な生長戦略を理解するための重要なモデルといえる。
今後、UPRによる根の伸長制御の分子機構をさらに詳しく解析することで、小胞体ストレスシグナルを含めたメカニズムの理解が深まると考えられるとしている。また、現在計画しているbZIPと根の伸長を結びつける原因遺伝子の究明は、根を主に利用する作物の改良に役立つ技術開発にも寄与することが期待できるとしている。