アドビ システムズは28日、オリジナルフォント「貂明朝」を発表した。「かわいくも、あやしい明朝体」というコンセプトで作られたというこのフォントについて、同日行われた会見の場でフォントデザイナー・西塚涼子氏が直々に解説。「かわいい明朝体」という、あるようでなかった雰囲気を持つフォントの制作に秘められた苦労や、かわいさのポイントなどが明かされた。
「貂明朝」は、アドビが28日に開催したクリエイティブカンファレンス「Adobe MAX Japan 2017」で発表された新書体。レトロ調のデザイン書体はすでに広く使われているが、シャープでトラディショナルな印象の「明朝体」をかわいく仕上げた、というコンセプトが目新しい。
西塚氏は、「かわいさと怪しさ、日本の伝統的なイメージが入り交じったデザイン」を目指し、「鳥獣戯画」や江戸時代の瓦版の木版画、浄瑠璃、寄席文字など、日本の伝統的な図や字のフォルムからインスパイアされたかわいさをベースに、丸みを加えた「かわいい明朝体」を作り出したと語る。
「かわいく、あやしい」文字が成立したポイント
通常、明朝体は横の画は細く、縦の画は太い。一方、貂明朝は縦横のコントラストを抑えている。明朝体の開発が難しい理由として、「基本的に格好いいフォルムの書体なので、普通に仕上げると格好よくなるし、下手に崩すとそのまま下手な字になってしまう」と解説。「『明朝体にかわいさをもたせるのは不可能なのでは? 』と行き詰まったこともあった」と、開発途上の苦労を明かした。
そんな「貂明朝」のかわいさは、先端に丸みを持たせたことなど、複数のポイントで支えられている。かなよりも漢字に苦労し、1000文字仕上げた段階で全件修正したほど。辺の長短の兼ね合いがかなり難しく、文字それぞれに適したフォルムを決めるのに時間がかかったという。また、文字は扁平気味にすることですこしかわいらしさが出るということで、天地を2パーセント圧縮している。
また、この書体には、米アドビのフォントデザイナーであるロバート・スリムバック氏と西塚氏、つまり欧文書体のデザイナーと、和文書体のデザイナーが初期から連携して取り組んだのも特異な点だという。通常は提供された欧文フォントの中から、和文に合う字体を取り入れていくというフローを取っているそうで、西塚氏は、「アメリカと最初から共同でフォントを作ったのは初めて」と語った。
そして、欧文書体の記号類・約物(句読点・疑問符・括弧・アクセントなどの記号)類を日本語にあわせてデザインしたのもイレギュラーな対応となっている。欧文では、逆くの字のようなクエスチョンマークが一般的だという。「和文を意識した、日本語フォントでよく見られる丸みを帯びたフォルムに統一しているほか、欧文フォントをクラシカルにデザインすると字形が細くなるが、貂明朝のつくりにあわせ、ゆったりとした横広がりのフォルムに調整してもらったともコメントした。
なぜ「貂」だったのか?
実は「貂明朝」の開発は、同社がリリースした「源ノ明朝」の開発と並行して行われていたということで、時間的にも設計的にも厳しい状況だったという。しかし、西塚氏が開発の中で最も苦心したのは、「かわいい明朝体」というコンセプトを関係各所に伝えることだった。
言葉を重ねてもそのコンセプトが伝わらなかったことから、西塚氏は同書体のマスコットとなっている「貂」のスケッチを描くことで、共通理解を深めようとした。その図案が好評だったことから、書体名はもとより、一部の記号としてシンボリックに使われている。
このフォントの一筋縄では捉えられないかわいさを象徴している「貂」だが、この動物が選ばれた背景には、西塚氏が題字デザインを担当した小説「御命授天纏佐左目谷行(ごめいさずかりてんてんささめがやつゆき)」(作:日和聡子氏、装丁:名久井直子氏)があった。そのミステリアスな内容にフィットする書体を作るという目的でコンセプトが生まれ、やがてこのフォントを象徴する存在になっていったのだそうだ。
そんな「貂」が登場する記号も用意されており、指さしの記号を貂のそれに置き換えたものから、貂の全身で「LOVE」の4文字を表したものまでさまざま。西塚氏は、「用途はさっぱりわかりませんが、ご利用ください」とはにかみながらコメントした。今後、SVGのカラーグリフのサポートを予定しており、それが実現すれば、色がついた記号の利用も可能になる。
「貂明朝」の利用用途として、「ディスプレイ、タイトル用途だけでなく、詩や、小説ほどではない短文なら組めるかと想定しています。事前に使ってみてもらった(フィードバックを求めるためにクローズドで提供した)デザイナーの皆さんの利用方法にはこちらの想定を超えるものが多く、これからどんな使い方をしていただけるのか楽しみ」と期待を覗かせ、「丸みが生えるので、大きめに配置していただくのがお勧め」と締めくくった。
クラシカルなデザイン書体ではなく、あくまでも明朝体として「かわいさ」の表現に挑戦した「貂明朝」。これだけ作り込まれた珍しいデザインのフォントだが、フォントパッケージ内への収録ではなく、アドビのフォントライブラリ「Typekit」経由で使うことができるため、"お試し"のハードルは比較的低い。(利用権を含むAdobe Creative Cloud定額プラン契約(月額2180円~)、あるいTypekit単体:年額約49.99ドル(5580円))
また、プロがこの物珍しいフォントを使いたい、と思うシーンが増えれば、スクリーン用途や印刷物まで、さまざまな場面で見かけることが増えるかもしれない。このフォントが映える利用シーンがどんなものになるか、その広がりを期待したい。