英ARMは5月29日、台湾で開催されたCOMPUTEX TAIPEI 2017に合わせて、CPUコアの新製品「Cortex-A55/A75」と、GPUコアの新製品「Mali-G72」を発表した。本記事では、台北での製品発表会後に訪日した同社VP ゼネラルマネジャーMPG&フェロー(メディア・プロセッシング部門)のジェム・デイヴィス(Jem Davies)氏へのインタビューをもとに、ARMのGPU事業の動向や、注目されている人工知能(AI)・機械学習分野に関する展望などをレポートする。

巨大市場への成長性を秘めたAI・機械学習

Mali-G72のターゲットである重要なアプリケーションとして、同氏は「VR(仮想現実)」「モバイルゲーミング」「機械学習」の3つの分野を挙げている。

この中で、VRとモバイルゲーミングは臨場感や忠実度の高い映像処理が不可欠なアプリケーションであり、スマートフォン、モバイル機器向けでは当然、GPUの主戦場となる。Maliシリーズは、モバイルVR市場(ヘッドマウントディスプレイなど)およびスマホ市場で、すでにそれぞれ50%程度のシェアを確保したとされ、2016年には前年比33%増となる10億個のGPUを出荷。2012~2016年の5年間での累計出荷数は約28億5000万個となっており、毎年高い成長が続く市場が確立されてきているといえる。

一方、これらの市場と並んで、ARMは機械学習やAIを重視している。Mali-G72でも、機械学習への対応強化がアナウンスされており、前世代のMali-G71との比較で一般行列乗算(GEMM)の消費電力性能が17%向上したといった数字が出ている。

ARM VP ゼネラルマネジャーMPG&フェローのジェム・デイヴィス氏

この分野を重視する理由について、同氏は「機械学習の導入が今後、モバイル機器市場にとどまらない、非常に広範囲に広がる可能性があるため」と説明する。もちろん音声認識と機械翻訳を組み合わせたスマホ向けのリアルタイム通訳機能など、モバイル分野でのAI利用の動きも非常に重要ではあるのだが、今後のAI・機械学習市場全体の成長を考えたときには、スマホ市場はその一部でしかないという認識のようだ。

スマホ以外の機器でのAI導入の具体例として、同氏は「スマートドアベル」など、ホームセキュリティ分野での製品を挙げて説明していた。スマートドアベルというのは、カメラの画像認識によって、玄関に人が近づいたらチャイムを鳴らして住人に知らせる、猫が横切ってもチャイムは鳴らさない、家族だったら玄関のロックを解除するといった判断・アクションを行えるAI搭載ドアベルである。これはほんの一例に過ぎないが、こうした形でのAI化はおよそコンピューティングの要素が入っているすべての領域で可能なため、潜在的には極めて大きな市場があると見込む。

端末側のAI化を進める「分散型インテリジェンス」

機械学習やAIというと、ビッグデータを集めてクラウドサーバ上で処理するという方向でまずは技術が進んできたが、今後は端末側にもAIを搭載していく動きが強まると同社では認識しており、これを「分散型インテリジェンス」と呼んでいる。

分散型インテリジェンスのわかりやすい例としては、スマホがブロードバンドに接続されていないときでも、デバイス側に搭載したAIでリアルタイム通訳機能を使えるようにするといった使い方が始まっている。

あるいは、端末の使用状況を把握し、あまり使っていない部分についてはリソースを割かずに反応を下げ、ひんぱんに使っている部分の反応を上げるといった用途でも、機械学習が使われるようになってきている。こうした使い方では、ユーザー側では機械学習を利用していると気づかないまま、結果的に端末のレスポンスが向上して使用感が良くなる。このように目に見えない形でのAI利用は、今後ますます浸透していくと考えられる。

同氏は「デバイス側で得たデータを遠くのデータセンタに送ってクラウドサーバ上で処理するやり方は、セキュリティやプライバシーの面で問題が多く、データ転送時のレイテンシーについても非常に非効率的」と指摘。これらの問題を解消することが分散型インテリジェンスを進める意義であると説明する。

画像認識を例にとれば、デバイス側のAIで多くの判断・アクションを行うことによって意味のある情報を選別するようにすれば、データセンタへの転送量を非常に小さく圧縮することができる。また、車載カメラで歩行者を認識し、人間との衝突回避行動を自動車に取らせるといった用途を考えれば、当然ネットワークにつながっていない状態であってもデバイス単独でAIの判断を使えるようにする必要がある。

これらの例での分散型インテリジェンスは、トレーニング期間を終えたAIをデバイスに搭載して利用するという使い方を想定しており、AIの活動をディープラーニングでいうところの「学習」と「推論」に分けて考えるならば、主に推論部分ということになる。推論の実行に必要なマシン性能は、学習に必要なそれと比べれば低くて済むから、デバイス側の分散型インテリジェンスといえば、まずは推論部分がメインになるのは当たり前といえば当たり前の話であろう。

そこで「機械学習の中で、学習パートも一部はデバイス側で行わせることによって、ユーザーの個性や使用環境に応じてパーソナライズされ、さらに賢くなっていくようなデバイスはあり得るか」と質問を投げてみたところ、同氏からは「そういう動きはすでに出てきていると思う」との答えがあった。そのようなデバイスの例として、同氏は昨年11月に発表されたHUAWEIのスマホ「Mate 9」などを挙げた。そして「最先端のAI技術は、まずはハイエンドのスマホに導入されることが多いが、長期的には、たとえば高齢の親を見守るスマートホームであるとか、いろいろな分野で有効なものが必ず出てくるだろう」と展望を述べた。

日本市場についても「スマートホーム、オートメーション、ロボティクスなど、機械学習を使ったさまざまなアプリケーションが数多くある。私たちが日本を重視している大きな理由がそこにある」と話していた。