九州大学(九大)は、熱活性化遅延蛍光材料を利用した高効率かつ小さなロールオフ特性を示す青色発光有機EL素子を開発したと発表した。

同成果は、同大 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)/カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)の安達千波矢教授らによるもの。詳細は、国際学術雑誌「Nature Photonics」のオンライン版に掲載された。

有機ELの研究は、蛍光材料を発光材料に用いた有機発光ダイオード(OLED:Organic Light-Emitting Diode)の開発によってはじまり、高効率なEL発光が可能であるリン光材料を用いたPHOLED(Phosphorescence-based OLED)へと推移してきた。蛍光材料を用いたOLEDでは、電気励起により生成した全励起子の75%に相当する三重項励起子がスピン禁制となるため、わずか25%の一重項励起子しか光へと変換することができなかった。そのため、蛍光材料では高効率なEL発光を実現することは困難だった。

一方、希少金属元素であるイリジウム(Ir)や白金(Pt)を有するリン光材料(有機金属錯体)は、その大きなスピン軌道結合により、励起一重項状態が三重項状態に混合した3MLCT(Triplet Metal-to-Ligand Charge Transfer)遷移が生じるため、室温においても三重項性の高い励起状態からのリン光発光が可能である。したがって、リン光材料を有するPHOLEDは、100%近い高効率な内部量子効率を実現することが可能となり、現在の有機EL発光材料の主流となっている。しかし、リン光材料に含まれているIrやPtなどは希少金属元素であり、高価かつ限られた資源であるとともに、青色PHOLEDの安定性、信頼性が未だ確立されていないなどの問題点を抱えている。

OPERAでは、有機EL研究におけるそれらの問題を解決する新しい有機EL発光メカニズムとして、2011年に熱活性化遅延蛍光を利用した高効率EL発光が可能な有機EL素子を開発。熱活性化遅延蛍光材料はIrやPtなどの希少金属元素を含まない純粋な有機化合物から構成されるため、低材料コストと高効率EL発光を同時に実現可能な第3世代の有機EL発光材料として注目されるようになっている。

OPERAではこれまでに、数例の青色熱活性化遅延蛍光材料の開発を行ってきたが、励起一重項および三重項状態間の大きなエネルギーギャップにより、逆項間交差を介した高効率な三重項励起子の一重項励起子へのアップコンバージョンが実現されず、高電流密度領域において外部量子効率の大きなロールオフが生じる問題を抱えていた。RGB発光のすべてを熱活性化遅延蛍光材料により実現するために、外部量子効率の大きなロールオフの問題の解決に向けた小さなエネルギーギャップ、および青色発光に不可欠となるHOMO-LUMO間のワイドギャップが実現可能な分子設計が進められてきたのだ。

これまでの青色熱活性化遅延蛍光材料は、局所励起三重項状態(3LE)のエネルギー準位が電荷移動励起三重項状態(3CT)のエネルギー準位よりも低く、電荷移動型の励起一重項および三重項状態間のエネルギーギャップ(ΔEST)を電荷移動型励起一重項状態(1CT)と3LEのエネルギー準位差を制御することによって小さくしてきた。熱活性化遅延蛍光材料は電子ドナーと電子アクセプタ分子を連結した分子内電荷移動が生じる分子群であり、電子ドナー-アクセプタ分子間のねじれ構造を大きくすることにより、電荷移動励起状態下で働く電子間相互作用を小さく抑制することが可能であり、ねじれ構造の導入は電荷移動励起状態を安定化させ、3LEのエネルギー準位を上昇させることになる。

今回の研究では、1CT、3CTそして3LEの3つのエネルギー準位を予測・算出するための新しい量子化学計算手法を用いて、6種類の大きなねじれ構造を有する分子内電荷移動型分子のΔESTおよび3CTと3LEのエネルギー準位間の関係を算出。それらの6種類の分子の励起状態を系統的に比較することで、4種の電荷移動型分子(DMAC-DPS、PXZ-DPS、PPZ-DPS、PPZ-DPO)が、高いPL量子収率と数マイクロ秒オーダーの短い発光寿命を示す熱活性化遅延蛍光を発することを明らかにした。

さらに、図1に示されるように、3LEのエネルギー準位が3CTのエネルギー準位よりも高い上記4種の分子の方が、3LEのエネルギー準位が3CTのエネルギー準位よりも低い残りの2種の分子(PPZ-4TPTとPPZ-3TPT)よりも発光寿命が短くなるという相関関係を明らかにした。

そして、青色の熱活性化遅延蛍光を発するDMAC-DPSを用いて有機EL素子の評価を行った結果、最大外部量子効率が19.5%に達する高効率EL発光を示し、高電流密度領域においてもロールオフが小さいことを明らかにしたとしている。

図1 新規熱活性化遅延蛍光材料の分子構造と量子化学計算によって算出したそれぞれの分子の励起エネルギー準位図(電荷移動励起一重項(1CT)/三重項(3CT)状態と局所励起三重項状態(3LE))

図2 新規熱活性化遅延蛍光材料のドープ薄膜の過渡PL減衰スペクトル(300K)

図3 新規熱活性化遅延蛍光材料を発光材料に用いた有機EL素子の素子評価結果。(a)外部量子効率対電流密度プロットと(b)各材料から得られたELスペクトル