日立製作所、高エネルギー加速器研究機構、北里研究所の3者は1月9日、金属膜を透過するX線(放射光)の吸収量と共に位相の変化をX線干渉計によって測定し、金属の実効原子番号を観察して誤差5%以内で元素を特定できるX線イメージング法を開発したと共同で発表した。
X線が物質を透過する際に密度の高い領域ほど吸収されることを利用して、レントゲンのように被写体内部の密度分布を画像化する技術は実用化済みだ。また近年では、被写体の密度変化をさらに高感度でとらえる方法として、被写体を透過するX線の位相の変化を調べるX線位相イメージング法も研究されている。
ちなみに位相とは、X線を波として見た場合の、その波における山や谷の位置のことで、透過するX線の吸収による強度の変化に比べて1000倍以上敏感に変化するため、吸収の小さい生体組織や有機材料の観察手段として注目されているというわけだ。
しかし感度が高いとはいえ、この方法で観察できるのは物質の密度であり、原子の種類を知ることはできない。ところが、2010年にX線の位相と吸収の変化を同時に測定することで得られる両者の比により、測定部分の平均的な原子番号(実効原子番号)が特定可能であるという論文が発表されたことが大きな進展となった。実効原子番号とは、化合物や混合物の構成元素を平均的に見た時に相当する原子番号のことである。
同技術の適用範囲を金属まで拡大できれば、大気中で広い領域(KEKの放射光施設フォトンファクトリー「BL-14C」で数10mm角)を数10μmの分解能で計測できるため、磁石材料やインフラ構造部材などを一括で観察することが可能となるという。
このような観点から今回、日立、KEKおよび北里大学は共同で、金属の観察まで適用できる高いエネルギーの放射光を用いたX線イメージング法を開発。そして同方式で、アルミ、銅、鉄、亜鉛の単一元素からなる材料を観察したところ、誤差5%以内の精度で実効原子番号を計測できることを実証した。なお、開発技術の内容は以下の通りだ。
まずは、X線干渉計による高感度化が行われた。金属を透過する数10keVの大きなエネルギー領域で高い精度の実効原子番号を観察するためには、高感度に位相の変化を検出することが必要だ。今回、日立が独自に開発を進めているX線干渉法を採用することでほかの位相検出法に比べて10倍程度の検出感度を実現した。
このX線干渉法は単結晶から製作された「マッハツェンダー型X線干渉計」を用いて、位相の変化を波の重ね合わせにより直接的に検出する方式である。マッハツェンダー型干渉計とは、光を2つの光路に分離し、試料などを透過させた後、再び重ね合わせて干渉させる干渉計のことをいう。高感度に定量的な位相シフトを検出することができるのが特徴だ。
さらにこの方式では、光学素子や検出器の位置を変更し再調整する必要がなく、X線干渉計内での参照波の光路を遮蔽板で開閉するのみで吸収と位相の両像を取得可能であるため観察時間の短縮化が図られるというメリットがある。
次が、実効原子番号の測定精度の検証だ。軽元素から金属までの元素を対象とした測定が可能なエネルギー17.8keV(波長0.7オングストローム)の放射光を用いて、アルミ、銅、鉄、亜鉛の単一元素からなる箔の吸収ならびに「位相コントラスト像」が測定された。この結果から実効原子番号を算出したところ、各金属について誤差5%以内で原子番号に一致した値を得ることができたというわけである。
なお位相コントラスト像とは、X線は波長の短い電磁波であるが、被写体を透過する時に振幅の減少と同時に位相のずれ(シフト)を生じるので、このずれの大きさをコントラストに変えて画像化したものが位相像だ。X線の吸収量が小さく、吸収像を得るのが困難な軽元素からなる生体軟部組織や有機材料の可視化もできる点が特徴である。
最後に、今回開発された技術でサビた鉄の測定が行われた。すると、酸化によりサビが進行している部分では実効原子番号が小さくなっていることが検証された。これは、酸化により元素番号の小さい酸素(元素番号8)の割合が、鉄(元素番号26)に比べて増加したことによるものであり、この検証により本イメージング法では酸化など元素組成の変化も簡便に可視化できることが確認に成功したというわけである(画像1~3)。
サビた鉄の観察例。画像1(左)が実効原子番号X線観察像で、画像2(中)が観察試料の写真(表)、画像3(右)が観察資料の写真(裏)。○印の箇所が酸素の含有量が多い箇所で、酸化(サビ)が進行している箇所だ。測定条件は、X線エネルギーが35keV、測定時間が10分(吸収像)、15秒(位相像) |
今回の技術は、大きなエネルギー領域での放射光の特長を利用し、大気中で数10mmの広い範囲を測定できること、また数10μmの空間分解能で、被写体となる材料の実効原子番号を特定できることから、新たな磁石新素材やインフラ構造部材の観察技術として期待されるという。なお、研究の詳細な内容は、1月11日から広島国際会議場で開催される「第27回日本放射光学会年会」で発表される予定だ。