東京大学(東大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学(阪大)の3者は10月1日、分子内構造の角度変化をとらえられる範囲は極めて狭いために分子運動の統計的なデータを得ることが困難な弱点を抱えていた、タンパク質1分子の内部運動を高速に追跡できる「X線1追跡(Diffracted X-ray Tracking:DXT)測定法」に改良を施し、X線1分子タンパク質の分子内の詳細な傾き運動とねじれ運動の統計データを効率よく短時間に取得することに成功したと共同で発表した。

成果は、DXT測定法を開発した東大大学院 新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授を中心とする、同・一柳光平助教、JASRIの関口博史博士、阪大大学院 工学研究科応用化学専攻の井上佳久教授らの共同研究チームによるもの。

創薬などの分子の設計指針として、有効なタンパク質分子の運動性を定量的に評価し、より確実に正常タンパク質と異常タンパク質の運動の違いを高精度で検知することは重要だ。先端計測技術の開発において、分子運動を計測する技術開発は日々進歩しており、中でも「1分子計測法」は1980年代に可視光を用いて発展し、これまでに可視光の波長波(400~800nm)の回折限界を超えたnmサイズの位置決定精度を達成してきている。

ただし、これまで1分子を計測する方法はタンパク質を1つの点として観測する測定法が主であり、その内部構造については、分子運動を止めたX線構造解析を中心に研究が進められてきた。しかし、タンパク質のような大きい分子は0.1nm程度の分子内運動が分子の機能性に非常に深く関わっていることがわかってきたため、1分子の内部運動を定量的にかつ多量で信頼性のある統計データとして時分割観測できる手法の開発が望まれていたのである。

DXT測定法は、1分子内部運動をミリラジアンの精度(並進に換算するとピコメートル)で測定することができ、タンパク質の1分子内の複雑な揺らぎや構造変化に対する分子の運動変化を明らかにすることが可能だ。DXT測定法は、着目する分子の活性部位に結合させた数10nm程度の金ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きを高速カメラにより撮影し、ナノ結晶の動きから分子の動きを連続的になぞるという仕組みで、1998年に佐々木裕次教授が考案した。画像1が、DXT測定法の概念図だ。

画像1。DXT測定法の概念図

この計測法は、創薬などの分子設計指針に有効であり、タンパク質分子の運動性の定量的な評価から、より確実に正常タンパク質と異常タンパク質の運動の違いを高精度で検知する手法として用いられる可能性を秘めている。これまでDXT測定法を用いて特徴的なタンパク質内の運動の観測に成功してきたが、従来のDXT測定法では分子内構造の角度変化をとらえられる範囲は極めて狭く、分子内運動の統計データを取得するにはかなり測定回数が必要だった。

そこで研究チームは従来のDXT測定法に改良を施し、理化学研究所が所有しJASRIが運用する大型放射光施設「SPring-8」のベンディングマグネットのビームラインで得られるエネルギー幅の広い硬X線(8-18keV、波長0.7~1.6nm)を集光することで、X線1分子タンパク質の分子内の詳細な傾き運動とねじれ運動の統計データを効率よく短時間に取得することに成功した(画像2)。

研究チームは今回、SPring-8のビームライン「BL28B2」でエネルギー幅の広いX線を集光するための「X線用トロイダルミラー」を設置し(画像3)、これまでよりエネルギー幅の広い光源を用いることで広い角度の回折条件を満たし、従来の2.4度から22.6度の追跡角度を達成。

この改良により、微量のタンパク質でも分子内部運動の統計データの取得が可能になり、1分子内の傾きとねじれ運動の相関性や運動性の分布を短時間で精度よく観測、かつ分子内運動ヒストグラムの表示もできるようになったというわけだ。なおX線用トロイダルミラーとは、湾曲円筒型のシリコン単結晶のX線回折を利用したエネルギー幅の広いX線も集光可能なミラーのことである。

画像2。X線エネルギースペクトル

画像3。広域X線1分子追跡法の実験装置図

改良したDXT測定装置を用いて、「HSA(Human Serum Albumin:ヒト血清アルブミン)」の分子内運動と、HSAに「2アントラセンカルボン酸(AC)」分子が結合した状態の分子内運動を、2つの運動角度変化の2軸時分割ヒストグラム(画像4)から分子結合状態と分子非結合状態の運動変化を定量的かつ明確に区別することに成功した。HSAタンパク質にAC分子が結合した状態では、傾き運動(θ方向)が大きくなりHSAの角度変化分布が広がったことから、通常のHSA分子より柔らかくなっていることが、この装置を使った測定により明確化されたのである。

画像4。角度変化量の2次元ヒストグラム

これまで分子生物学は分子を点として扱ってきたが、タンパク質分子はさまざまな構造を持っており、その構造特有の分子内部の揺らぎを持つことが近年になってわかってきた。その現象を効率よく高精度に測定する方法論を確立することが期待されており、その一環として今回のDXT測定法の改良によりタンパク質分子内の構造由来の揺らぎを統計的データとして明確化することが容易になった形だ。また、今回の研究のようにX線トロイダルミラーを用いることは大型放射光施設の高輝度ビームラインだけでなく、ほかの施設のビームラインを用いたDXT測定法による測定を促すもので、DXT測定法の汎用化へ向けて1歩前進するものだという。

今後は、今回の改良型DXT測定装置を用いて多くのタンパク質の運動性と機能性を明らかにし、正常なタンパク質の運動特性と異常なタンパク質の運動性の差別化を定量解析することを検討しているとした。また現在、実験室においても利用可能なDXT測定法の開発にも取り組んでいるとする。今後も量子プローブを用いた現在唯一の1分子内部動画計測装置としてDXT法装置を一層多様化し、さまざまな可能性を探っていく予定とした。