慶應義塾大学(慶應大)、理化学研究所(理研)、大阪大学(阪大)、東京理科大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、神津精機の7者は10月3日、理研が所有しJASRIが運用するX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)施設「SACLA(SPring-8Angstrom Compact free electron LAser)」において、高効率でサブミクロンサイズの非結晶粒子からの回折パターンを取得して、サブミクロンサイズの非結晶粒子の立体構造を解析するための実験装置を実用化し、共同利用実験においてその実用性を確認したと共同で発表した。
成果は、慶応大 理工学部物理学科の中迫雅由教授(理研 放射光科学総合研究センター ビームライン基盤研究部客員主管研究員兼任)、理研 所放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門の山本雅貴部門長、阪大工学部 精密科学・応用物理学専攻の高橋幸生准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、9月27日付けで米科学誌「Review of Scientific Instruments」オンライン版に掲載された。
1999年に発案された「コヒーレントX線回折イメージング法(Coherent X-ray Diffraction Imaging:CXDI)」は、位相がそろっていることで干渉性に優れたX線(コヒーレントX線)を、試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のことだ。コヒーレントX線回折パターンは試料の原子レベルでの構造の違いにも敏感であり、これを利用して試料構造を可視化することができる。よって、結晶化が原理的に不可能、または極めて困難な巨大分子・粒子やその集合体などの構造解析に適用できるものと期待されているイメージング手法だ。
しかし、単一の分子や粒子の散乱断面積はとても小さいことから、強くてより波のそろったX線を試料に入射する必要がある。この問題を解決すべく行われているのが、XFELからの波面のそろった超高強度X線パルスを用いるCXDI実験だ。ただし、超高強度XFEL光パルスが物質に入射すると、干渉縞が生じてすぐに物質中の原子から電子が剥ぎ取られ、原子レベルでの破壊が生じてしまうため、そのことを十分に考慮した実験方法を検討・考案する必要があったのである。
XFELには限られた本数のビームラインしかないことから、限られた実験時間を効率的に利用するために、従来、生体分子・粒子の電子顕微鏡観察で用いられてきた非晶質(アモルファス)氷薄膜中に、試料の分子・粒子を高数密度で散布して包埋する試料作製法を採用した実験装置がデザインされた。
薄い氷は粒子のコントラストを悪化させることがない故に、十分な強度のX線を入射すれば、信号雑音比が良好な構造解析可能な干渉縞を観測可能だ。また、成熟した電子顕微鏡の技術を利用することで、ユーザーの幅を広げるという利点もある。さらに、理研が所有する大型放射光施設「SPring-8」における、タンパク質結晶の「低温X線結晶解析技術」の開発を先導してきた今回の研究チームとって、その技術の延長線上でもあり、研究を進めやすかったというのもあるとした。
低温試料固定照射装置「壽壱号」では、あらかじめ凍結固定し液体窒素中に保存した試料粒子を、液体窒素で冷却された試料台に搬送し、「ゴニオメータ」で操作して照射実験を行う。開発に当たっては、タンパク質結晶に対する低温X線回折実験技術や湿度制御X線回折技術、低温電子顕微鏡の試料作製技術、低温物理学での実験技術などが援用された。画像1が、壽壱号の全体像を示したものだ。
この装置は凍結試料を冷却しながらX線照射するための液化ガス溜め(ポット)を真空槽中央に内蔵しており、実験に先立って急速凍結後に液体窒素中で保存された試料を専用のホルダー、キャリアーと直線導入機を用いてポットへ搬送するというものだ。試料真空槽にはL字型のシリコン製X線スリット2枚が組み込まれており、ビームライン上流からの妨害散乱を除去している。真空槽と直線導入機は精密定盤に搭載され、入射X線ビームに対して位置調整が可能だ。
また、装置下流フランジには試料位置を視認するための望遠鏡と検出器との間を結ぶ真空パスが接続される。回折パターンの測定には、SACLAで開発された高速読み出し可能なマルチポートCCD検出器2台をタンデムに配置して使用する形だ。
2012年3月以来の利用実験では、主にエネルギー5.5keVのX線光子をXFEL加速器から供給されている。特殊なX線反射鏡で集められたX線は、おおよそ10の10-11photons /μm2/pulseだった。このように強力なX線パルスを資料へ照射すると、その超強光子場によって、照射野周辺の支持膜などを含めて原子レベルでの激烈な破壊が生じる。
一方で、画像2・3に示されているような回折パターンが得られ、非結晶粒子の構造をCXDIに特有のアルゴリズムを用いて容易に再生できることから、試料破壊前に粒子の構造に依存した「トムソン散乱」(自由電子などによる電磁放射の散乱のこと)が生じていると考えられており、その考えのことを「diffraction before destroy」という。
いずれの回折パターンでも鮮明度が1に近く、集光XFELビームがほぼ完全な空間コヒーレンスを持つと考えられた。また、大量のデータ取得を可能にしたことで、SACLAから供給されるX線ビーム位置が検出器上の50μm程度の範囲で安定であることも大量のデータを取得することで明らかになった形だ。なお、壽壱号と並行して開発されたデータ解析ソフトウエアにより、得られた回折パターンは実験後その場で処理され、電子密度図を回復できるよう、ユーザーフレンドリな実験環境が提供されているとした。
今後研究チームは、SACLAとSPring-8を相補的に利用するCXDI実験を行いながら、生命科学・材料科学分野で見出されている非結晶粒子の高分解能構造解析を推進したいという。特に、より効率的なデータ収集によって、細胞やその「オルガネラ(細胞小器官)」の3次元構造の可視化ができるよう模索していくとする。
そのような将来の展開に向けては、光学顕微鏡、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡といったほかのイメージング技術と深く連携しながら、SACLA-SPring-8のCXDIの立ち位置とイメージングでの役割を明確にし、新たなイメージング実験のパラダイムを目指してゆくことが肝要となるだろうとした。