理化学研究所(理研)などによる研究グループは、これまでガラクタとされながらも、近年、他の遺伝子の発現を調節する機能など重要な生物学的役割が明らかになってきた「投げ縄型イントロンRNA」の蛍光検出法を開発した。同成果は、理研基幹研究所 伊藤ナノ医工学研究室の阿部洋専任研究員(JSTさきがけ兼任)、古川和寛訪問研究員(現Yale大学博士研究員)、田村泰嗣研修生、伊藤嘉浩主任研究員と、吉田化学遺伝学研究室の芳本玲特別研究員、吉田稔主任研究員、および早稲田大学先進理工学部の常田聡教授らとの共同研究によるもので、ドイツの化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に掲載される予定。

ヒトの体をはじめ、生物の体はさまざまなタンパク質で構成されており、それらタンパク質の合成は、細胞の核内にあるDNAの設計図を基に、タンパク質に翻訳されるエクソンの部分と、翻訳されないイントロンの部分で構成されたメッセンジャーRNA(mRNA)前駆体を形成することから始まる。

その後、mRNA前駆体はイントロンを切り取る反応(スプライシング反応)を受け、エクソンだけがつながった成熟型mRNAとなり、細胞質でタンパク質を合成するが、この際、イントロン部分は、特殊な分岐型を持つ投げ縄型構造(投げ縄型イントロンRNA)を形成して切り出される。

図1 投げ縄型イントロンRNAの形成と、分岐部分の化学構造
(A) スプライシング反応による投げ縄型イントロンRNAの形成
メッセンジャーRNA前駆体に、スプライソソーム(酵素とRNAの複合体)が結合し、スプライシング反応が進行する。反応の結果、投げ縄型イントロンRNAと、エクソン由来の成熟型メッセンジャーRNAができる。
(B) 3'-5'-リン酸結合と2'-5'-リン酸結合
スプライシング反応の結果生じる投げ縄型イントロンRNAは、通常の直鎖のRNAにもある3'-5'-リン酸結合の他に、2'-5'-リン酸結合を有する

これまで、エクソン部分が研究対象として注目され、イントロン部分のRNAはがらくたという認識が一般的であったが、最近になりマイクロRNAとしての機能や、ゲノム間を自由に移動できる機能など、多くの生物学的に重要な発見が報告されるようになってきていた。

しかし、投げ縄型イントロンRNAを解析するための手法には、分岐型構造を認識する酵素で標的RNAを分解し、得られた断片をゲル電気泳動法で観測するという、時間のかかる間接的な手法しかなかった。汎用性の高い方法論がなかった理由の1つとして、通常の直鎖状のRNAと異なり、特殊な環状2次構造をとっている点があげられ、これにより、逆転写反応によるDNAへの変換などができず、RT-PCR法など一般的なRNA検出技術が適用できなかった。

投げ縄型イントロンRNAは、スプライシング反応の結果、アデノシンを起点として、通常の3'-5'-リン酸結合の他に、2'-5'-リン酸結合を形成し、分岐構造をとることから、研究グループは今回、投げ縄型イントロンRNAを特異的に検出する手法の開発に取り組んだ。

具体的には、細胞内のRNAを検出するために、還元反応を引き金として蛍光発生を引き起こすRETF(REduction Triggered Fluorescence)プローブを開発した。RETFプローブは、2本のDNA鎖から成り立っており、1本のDNAの末端には還元されると蛍光発生する化合物を、もう1本の末端には還元剤を付加しており、これら2つのプローブが標的RNA上で隣り合って結合すると、還元反応が進行して蛍光発光し、そのシグナルを指標にRNAの存在を知ることができるという仕組みとなっている。

図2 RETFプローブの発光メカニズム。標的RNAに2本のプローブが結合し、続いて還元反応が進行し、蛍光化合物が光り出す

研究グループでは今回、投げ縄型RNA構造の分岐部分(2'-5'-リン酸結合)を認識するRETFプローブとして、投げ縄型RNAの分岐部分を挟んで2つのプローブが結合するように、化学反応性が最も高くなる適度な長さの塩基配列を設計した。スプライシング反応で2'-5'-リン酸結合が形成されると、2本のプローブは隣り合って結合することとなり、還元反応が進行して蛍光シグナルを発するというものである。

図3 RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの検出メカニズム。RETFプローブは、投げ縄型イントロンRNAの分岐点の両端に結合するように設計しているため、投げ縄構造が形成されたときだけ蛍光発光する

実際に、設計したRETFプローブを用いてモデル遺伝子で試したところ、2本のプローブが投げ縄型イントロンRNAに対して特異的に結合し、緑色の蛍光シグナルを発することが確認されたほか、RETFプローブの検出限界は500 pMを達成し、少量の標的RNAの高感度検出を実現したという。

図4 RETFプローブによる投げ縄型イントロンRNAの蛍光検出。投げ縄構造を形成していない未成熟RNAではほとんど蛍光発光しないが、投げ縄型イントロンRNAでは強い蛍光シグナルを発生する

従来RETFプローブは、細胞内mRNA検出法として利用されていることから、プローブの結合性と化学反応性を最適化したRETFプローブも、細胞内での投げ縄型RNAの検出が可能であると期待できると研究グループでは説明しており、今後、RETFプローブを用いて、投げ縄型イントロンRNAの解析を行うことで、これまでガラクタだと思われてきたRNAにも、さらなる未知機能を発見できる可能性があるとしている。