OMEの現状はどうなっているのか

昨年の報告では、OMEが現在どういった状態なのか、いくつかの可能性が示されていたが、特定はされていなかった。今回、地上で同型のスラスタを使った燃焼実験を行い、それを解析した結果、ノズルが破損している可能性が高いことが明らかになった。

CV-Fの閉塞により、OMEの噴射中、徐々に燃料の供給量が減少していき、その結果、相対的に酸化剤の割合が増える。これは設計上の燃焼条件を逸脱しているが、酸化剤の比率が高まったことによりスラスタの温度は異常に上昇したと考えられ、これがノズルの破壊に繋がったと推測される。ただし、実験に使った2個体のうち、1つではノズルが壊れたものの、もう1つでは破損はなく、個体差もあった模様だ。

破損したケース。燃焼室だけを残して、ノズル部分が全て脱落している

しかし一方で、破損しなかったケースも。最高1,400℃前後まで上昇した

実験では、一番細くなっているスロートと呼ばれる部分でノズルが壊れていた。OMEの再使用が可能かどうかという点で、重要なのはスロート部分が残っているかどうかだ。これがあれば、少なくとも燃焼室の圧力は維持できるので、通常より推力は落ちるものの使える可能性がある。破損したスラスタを使って、さらに燃焼実験を行ってみたところ、定格の500Nに対し、6割程度である315Nの推力が確認できた。

実際に「あかつき」搭載のOMEがどうなっているのか、カメラもないので直接的に確認はできないが、このデータは金星でOME噴射を行ったときに得られた値(300N)に近く、「あかつき」でも同じような破壊が起きたと推測できる。これを確認するために、今年9月には軌道上でOMEのテスト噴射を行い、再使用が可能かどうか判断する予定だ。

「あかつき」でも異常発生後、一定の推力が出ていたことが確認されている

9月にテスト噴射を行う。11月のマヌーバのためにはギリギリのタイミング

「あかつき」のOMEには、新技術であるセラミックス製のスラスタが初めて採用されており、これとの関連も指摘されていたが、耐熱性に関しては従来のニオブ合金よりもセラミックスの方が高く、ニオブ合金のスラスタであればもっとひどい破壊が起きていた可能性もある。まだ断定はできないものの、少なくとも「セラミックス製のスラスタだったから壊れた」というわけではないようだ。

金星周回軌道への再投入は可能なのか

今後、もっとも注目されるのはこの点だろう。金星周回軌道への再投入が可能かどうか、JAXAはOMEが使える場合と使えない場合の2ケースで運用を検討、その結果、どちらのケースにおいても、再投入は可能という結論になった。ただし、OMEが使えない場合では、その代替として1液式の姿勢制御エンジン(RCS)を使うことになるのだが、これは2液式のOMEよりも性能が悪いために、当初予定していた観測軌道に入れることは難しいようだ。

RCSの推力は1基あたり23Nと小さいが、OMEと同じ面に4基搭載されているため、合計の推力は100N近くになる。それでもOMEに比べれば1/5程度でしかなく、マヌーバ(軌道変更のための噴射)ではより長時間の噴射が必要になるが、これは通常のRCSの運用とは大きく異なる。RCSは本来、姿勢制御用であるため、パルス的な噴射が基本。このように長時間の連続噴射をすることは考えられておらず、熱的に大丈夫なのか気になるところだが、現在検証を実施しているところで、概ね問題はないと見られている。

最初のマヌーバは近日点で実施する予定で、時期は2011年11月(ケースA)か2012年6月(ケースB)が検討されている。いずれのケースにおいても、金星に再会合するのは2015年11月となる。必要なΔV(加速量)は、ケースAが243m/s(近日点)+322m/s(金星再投入)=565m/s、ケースBが294m/s(近日点)+281m/s(金星再投入)=575m/sとなり、燃料的にはケースAが有利。OMEのテスト噴射を9月に実施するのは、このケースAに間に合わせるためでもある。

マヌーバを実施するタイミングによって、必要な燃料は異なる

OMEが使えるケースと使えないケースの両方を検討中

金星の周回軌道に入った後、さらに200m/s程度のマヌーバをもう1回実施して、最終的な観測軌道に投入する。OMEの再使用が可能であれば、ここまで持って行くことは可能と見られているが、RCSでやらざるを得ないときは燃料が足らなくなり、観測軌道に投入するためのマヌーバが実施できない。こうなると、金星でどのような観測を行うのか、再検討が必要となるだろう。

OMEを再使用する場合でも、CV-Fが詰まっているので、そのままだとまた異常燃焼になってしまう。この対策として、ブローダウンと呼ばれる運用を採用する。燃焼中に高圧ヘリウムによる加圧を続けると、燃料の圧力が減少する一方で、酸化剤の圧力は維持される。このバランスが崩れることが問題であるので、それならば加圧を止めてしまえばいい。燃料も酸化剤も同じように圧力が減少し、これに伴い推力も減ってしまうが、混合比は維持できるので異常燃焼にはならない。

昨年の金星投入時の噴射では混合比が大きくなり、燃焼条件を大きく逸脱した

ブローダウン運用だと、圧力はどんどん下がるが混合比は維持できる

ブローダウン運用の噴射では、圧力がどんどん下がっていくために、燃焼時間に制限がある。それでも前述のマヌーバには問題ないと見られているが、もし1回の噴射でΔVが足りないようなときには、2011年11月と2012年6月の2回に分けてマヌーバを実施することも考えられるそうだ。

記者会見に出席した中村正人プロジェクトマネージャは、「これから5年間、士気を保ってやってくのは難しいことだが、探査機はもっと苦しい状態。我々がそこでめげてしまってはいけない。なんとか2015年を目指したい」と意気込む。サイエンスの成果については、「金星を通過したときに取得したデータの詳細な解析を行い、論文がいくつか投稿されている。あかつきは今、地球から見てちょうど太陽の反対側にいるが、コロナの中に電波を通して、太陽の観測も行っている。我々サイエンティストは転んでもただでは起きない人種。素晴らしい成果をあかつきで出したいと考えている」とコメントした。