自分を中傷するアカウントを自ら作成し、SNSやネット掲示板で批判を投稿、メッセージで送信、共有することを「デジタル自傷行為(digital self-harm)」と呼びます。デジタル自傷行為に関する研究が、2022年7月「Child and Adolescent Mental Health」に掲載されました(Digital self-harm and suicidality among adolescents)。米ウィスコンシン大学オークレア校ネットいじめリサーチセンター(Cyberbullying Research Center)に所属するJustin Patchins氏らが実施したものです。
この研究は、2019年に約5,000人の12才~17才に対して行った調査に基づくもの。約9%の人が、自分自身について意地悪な内容を匿名でオンラインに投稿、またはネットいじめを行ったと回答しています。調査では、デジタル自傷行為をした人は、自死を考える可能性が5倍から7倍高く、人生を終わらせようとした可能性が9倍から15倍高かったとまとめています。デジタル自傷行為は「オンラインでの架空の犠牲者(Fictitious Online Victimization)」や「デジタル・ミュンヒハウンゼン(Digital Munchausen)」と定義づける研究もあるそうです。
海外では少しずつ研究が進んでいるものの、私が調べた範囲では、日本での研究事例は見つけられませんでした。ただ、私も出演させていただいたインターネットテレビ局ABEMAの「ABEMA Prime」の取材では、日本でも複数の人がデジタル自傷行為をしていると回答していました。例えば、自分のアカウントに別アカウントを使って「ブス」と書いたり、「こいつ生きてる意味がない」などとコメントしたりするのです。
自分で自分を中傷しているということを公開している人は少ないため、こうした調査や取材で明らかになったと言えるでしょう。上記の番組のYouTubeには「私もしている」とのコメントも寄せられています。私も過去に1人だけ話を聞いたことがありましたが、想像しているよりもデジタル自傷行為の経験者は多いのかもしれません。
なぜする?
日本の若者がデジタル自傷行為をする理由について、実際にデジタル自傷行為の経験を持つ人の意見を参考に、背景や心理を考えてみました。
まず、ネットにおいて「自作自演」が珍しくないことは、皆さんも想像できると思います。自分の投稿に対して、自分の別アカウントから「この子、かわいい」と投稿したり、投稿を拡散したりすることで、注目を浴びようとする行為です。
若者に人気のサービスのひとつ、匿名で質問を送れる「Peing-質問箱-」は、2018年1月に「30万もの自作自演による質問があった」とTwitterで報告しています。自作自演を行っている人の数は14万人にも達していたということです。
Peingは、自分のアカウントのプロフィールなどに設置しておくと、「好きな食べ物は?」「人生で一番嬉しかったことは?」などの質問が匿名で寄せられるサービスです。自分が誰かに聞いてほしいことを自分で投稿すれば、「聞かれたから」という大義名分ができて自分のことを話せます。
こうした自作自演は自分に対してポジティブな内容であり、自分のイメージアップする行為です。デジタル自傷行為のようにネガティブな内容となると、「なぜ」と考えてしまいますが、「自分に関心を持ってほしい」という見方をすれば同様と言えます。
SNSで「こんなにひどいDMが送られてきた」というスクリーンショット付きの投稿を見たことがないでしょうか。DMのスクリーンショットには、アカウントの持ち主に対して失礼な対応や暴言を吐いている様子がありますが、こうしたスクリーンショットにも自作自演が多く見られます。
多くは二人の文体が似ていたり、誰にでも状況がわかるような説明が入っていたりしていて不自然なため、自分で作った画像だと推測されます。「これ、自作自演じゃない?」などの指摘も受けますが、「この人おかしいね。気にすることないよ」と同情が寄せられることもあり、結果的には投稿が拡散されて注目を集められます。
自作自演DMのように、自分の投稿にも自分で「この人ブスだね」と書き込めば、誰かが「割とかわいいけど」「言うほどブスじゃない」など擁護してくれる可能性があります。もしコメントが多く付かなくても、SNSの世界に自分の存在感を出せたことで満足します。SNSで誰にも触れられないより、たとえ中傷でも誰かに自分を見てほしいという気持ちがあるのです。
また、自分で自分を中傷することで、自分を守る意味もあります。自撮りの写真を投稿してすぐに「顔がでかい」などとコメントしておけば、その点についてはもう誰も突っ込まないかもしれません。擁護してもらえなくても、自分よりひどいコメントがなければ必要以上に傷つかずに済みます。
デジタル自傷行為のリスク
自分で自分を中傷するデジタル自傷行為によって、自分の気持ちを落ち着かせることができるなら、それは悪くないかもしれません。SNSやネット掲示板がない時代は、日記で自分を批判していた人もいるでしょう。また、リアルでも「私なんて頭が悪くて~」と自分から自分を下げる人もいます。「そんなことないよ」待ちとも言われますが、それで安心するなら問題ないと思います。
ただし、ネットで自分を中傷することには、やはりリスクがあります。まずひとつは、「投稿の雰囲気が荒れる」ということです。
Instagramは誹謗中傷対策として、「お気に入りのコメントを固定」する機能を提供しています。自分の投稿に寄せられたコメントの中からポジティブなコメントをトップに固定しておくと、それ以降のコメントがポジティブになり、全体の雰囲気を自然と変えられる機能です。この機能は調査の結果、有効であると判断されて実装となったそうです。
つまり、もし最初に付いたコメントが否定的な内容だった場合、否定的なコメントが続いてしまう可能性が高まります。「この人は叩いていいんだ」という共通の認識ができてしまうと、さらに中傷コメントが集まってしまいます。最初は自分で自分を中傷しているだけだったのに、多くの他人から中傷を浴びるきっかけになってしまうかもしれません。
「デジタルタトゥーとして残る」問題もあります。自分で自分を中傷したことは、自分以外に誰も知りません。将来、就職や結婚など人生の転機を迎えたときにたまたま過去の投稿が見つかり、「こんなに中傷されていたなんて、何か問題がある人なのでは」と勘繰られる可能性もあります。自分で消したとしても、ネットのどこかに痕跡が残ってしまっているかもしれないからです。
軽い気持ちだったはずの行為が、より自分を傷つける結果になるかもしれません。別アカウントを作ったことが周囲に知られて気まずくなることもあります。デジタル自傷行為をしそうになったら、SNSやネット掲示板から少し離れて、実際の生活を充実させる方法を模索してみてはいかがでしょうか。そして悩みが深刻になったときは、少しでも早く専門の相談窓口を頼ってください。