巨大IT企業とEU当局の立ち位置

前回のコラムで、「巨大IT企業たちはそれ自体が社会インフラになっている」と書いたが、この一か月の報道を見ると、これらの巨大IT企業とEU(欧州委員会)とのせめぎあいが明らかとなる次のような事件があった。

  • GoogleがEUから過去最高となる43億4000万ユーロ(約5700億円)の制裁金を科された。理由はGoogleが基本ソフト(OS)「アンドロイド」の独占的地位を利用した「抱き合わせ」や「競争排除」の行為をしたとし、EU競争法(日本の独占禁止法に相当)に抵触したと判断された。
  • Facebookの情報流用問題などを受けて、ネット上の個人情報の保護に動いたEUが一般データ保護規制(GDPR)の施行を開始。この法律は違反者に多額の制裁金を課すもので、欧州でのプライバシー保護の意識が高まっている証拠である。これは個人情報の公開をビジネスのベースとしているFacebookには逆風である。これに加え、Facebookでは不正な投稿や広告をなくすために自主的に行う摘発・削除費用が重なり、直近の決算発表では同社の売り上げ予測の鈍化が明らかになった。
  • 欧州議会は著作権新司令案の立法についての投票を行ったが、結果的に僅差で採択されず、正式決定は9月の再投票に持ち越しとなった。この法律にはサイト運営者が外部のサイトにリンクを張る場合に著作権を請求できる(通称リンク税)という条項が含まれていて、リンクを張るのが当たり前のネット事業者、個人利用者などをやきもきさせた。

これらのEUの措置によってもたらされたビジネス・インパクトにおいてGoogleとFacebookでははっきりと明暗が分かれた。EUにより過去最高の制裁金を課せられたGoogleではあるが、決算発表では増収増益であり、過去最高額の制裁金もGoogleが所有する巨額の手持ち資金に比べれば何のことはないという判断で、株価は順調に推移している。かたや、個人情報の流用事件を起こしたFacebookにはかなり分の悪い結果とり、将来的な売り上げ予測にも悲観論がついて回る。かつて、MicrosoftやIntelなどにも多額の制裁金を課したEUの巨大グローバルIT企業への対応には独特のものがある。EU当局と米国当局とでは次のように基本スタンスに大きな違いがある。

  • EUでは伝統的に企業の利益よりも個人の利益、権利を重視する。そのために巨大企業による独占的な行為についてはかなり厳しく対応する。
  • 米国の政府当局の企業活動についての対応は、その時の政権が共和党か民主党かでスタンスが大きく変化するのに対し、EUではあくまで個人の権利重視の立場が貫かれている。
  • これらの巨大グローバルIT企業はすべてが米国ベースなので、これらの巨大企業のEU市場での影響力拡大についてEUは常に警戒していて、域内の米国系グローバル企業の経済活動については、対峙する経済ブロックとしてのはっきりした立場を取りやすい。
  • EUの制裁金のイメージ

    EUはかつてIntelが独占的地位の濫用でEU競争法に違反したとして巨額の制裁金を課した (著者所蔵イメージ)

日本から世界を見るとどうしても米国と中国の動きに注目しがちだが、EU諸国は歴史的に政治、経済、グローバル化の長い経験を積んだ国々が地政学上の微妙なバランスの上に成立しているので、いろいろな面で戦略的な動きをするのが他の地域(特に米国)と違う点でもある。

中国の事情:巨大IT企業と中国共産党との軋轢の兆し

中国政府が世界の製造大国となるべく打ち出した「中国製造2025」に代表されるように、中国は今のところ政府が産業界を全面的にバックアップして政財界が一体化して爆走しているように見える。

しかし最近になって政府と巨大IT企業との軋轢が懸念されるような事件が報道され大きな話題となった。「テンセント・ショック」である。報道によると、中国のネットサービス大手のテンセントの人気オンラインゲーム「モンスターハンター:ワールド(モンハン:ワールド)」が中国政府当局の指示により発売5日で配信停止処分となった。一方的に配信停止を命じられたテンセントからも当局からも本稿執筆時点(8月24日)では詳細な説明はないままであるが、どうも裏には中国共産党の意向が影響しているらしい。

最近開催された中国の最高意思決定会議である全国人民代表大会(全人代)で、テレビや新聞、映画、ゲームなどの各種出版物を監督する組織変更が決定され、ゲームについては共産党直轄となった。このテンセントの事件のすぐ直後、Appleが中国向けのApp Storeから約25,000ものゲーム関係のアプリを削除したという報道もあった。

思想統制を重要な政治手法としている中国ではインターネットの検索などでも、政府の指針に沿わないものは問答無用でコンテンツが消されるのが日常茶飯事である。検索エンジンの巨人Googleも当局の検閲姿勢が自社の規範に合わないとして中国市場から引き揚げたこともあった(これについてはGoogleが再参入のチャンスを伺っているという話もある)。

自国産業の発展過程において、コンテンツやサービスの独創性、公平性はその世界競争力を高めるためには非常に重要なファクターであると考えられるが、これが一党独裁体制との軋轢を生んで、中国ベースのIT企業の世界戦略に影響する可能性もある。

米国の事情:相変わらずオールド・エコノミーに傾倒するトランプ大統領

トランプ政権が今直面している大きな外交問題は中国との貿易摩擦である。米政府のCFIUS(対米外国投資委員会)によるBroadcomのQualcomm買収阻止の背景でも伺われたように、トランプ大統領は自国の産業が中国企業に荒らされるのに我慢がならないらしいが、米国を代表する巨大IT企業たちはトランプ大統領との関係において必ずしも良好であるとはいいがたい。

AmazonのCEOであるジェフ・べゾス氏とトランプ大統領が犬猿の仲であることは公然の事実であるが、その背景にはトランプ氏の支持基盤が自動車、鉄、化石燃料などの製造業を主体とするオールド・エコノミーに属する人々が多い事と関係があると思われる。最近では、Facebookが不正投稿などの理由でコンテンツの一部を削除することについて、トランプ氏は「フェイクニュース」の削除として好意的にとらえるのではなく、偏った削除の仕方をしていて「不公平だ」と言っているという報道もある。どうもトランプ大統領が関心を持つのは長期的戦略や国益ではなく、目先の政治的利益なのではないかと見える。

今や社会インフラと化している巨大IT企業の経済圏は国家という垣根を完全に超えてその規模をとんでもないスピードで毎日増大させている。これらの企業がそのグローバルな事業展開において、国家の利益とどう折り合いをつけてゆくのかという問題は今後ますます目が離せない状況にある。