世界の半導体需要が供給能力を甚だしく上回る現在の状況を受け、サプライチェーン全体の各レベルでその解消に向けての努力がなされている。

業界自体が誕生して70年あまりの非常に若い産業である半導体は“シリコンサイクル”と呼ばれる拡大・収縮を繰り返しながらそのアプリケーション分野を従来のコンピューター・通信機器から瞬く間に広げ、現在ではスマートフォンをはじめとする民生電子機器、自動車、医療機器、兵器などの“モノ”のほとんどすべてのインテリジェンスを担う社会インフラの要となった。

小指の爪ほどのシリコンチップの急増する需要と供給のアンバランス状態は経済安全保障上のリスクと認識され、業界ではその解消への動きが活発化しているが、従来のビジネス習慣を見直す動きが出始めているという報道が目を引いた。

  • 半導体サプライチェーン

    半導体サプライチェーンは複雑で高度にグローバル化している

最近の半導体業界の動き

米国の業界誌では次のような動きが紹介されている。

  • ファウンドリ大手のUMCは生産力増強のための新ファブ建設コスト35億ドルの一部負担をその顧客に対し提示している。
  • 同じく大手のGlobalFoundriesとその大口顧客のNXPは、供給優先度の引き上げと引き換えに“キャンセル不可”の大口オーダーを交渉している。
  • 半導体デバイス大手のMicrochipはその顧客に対し、「向こう一年のキャンセル不可」を条件に現在コミットしている供給量の50%増のオーダーを受け付けることを表明。
  • 同じくデバイス大手のMarvellは供給不足発生前では一年だった購入量フォーキャストを5年に延長することを表明。
  • 半導体デバイス

    今や半導体は社会インフラの戦略分野となった

現場の業界人がなんとか問題を解消しようと四苦八苦している姿が目に浮かぶが、「これはいつか見た風景……」感は否めない。以前と違っている点は、関係する業界がスマートフォンや自動車をはじめ私の現役時代よりもはるかに広がった事と、市場拡大によってその経済規模が格段に大きくなったことである。しかし、サプライチェーンのどのレベルにおいても、売り手と買い手の下記の構図には変わりはない。

  • 売り手:できるだけ高い単価で多くの量を安定的に売りたい。在庫リスクは最小限にしたい。
  • 買い手:できるだけ安い単価で、適量を安定的に買いたい。在庫リスクは最小限にしたい。

現在は供給が需要に追い付かない売り手市場であるが、シリコンサイクルが反転し始めるとその立場は急速に逆転する。現在の未曽有の供給不足に直面する業界各社が始めた上記のような動きは、一言で言うならば「サプライチェーンの最適化」である。何度となく繰り返されたシリコンサイクルを嫌と言うほど経験した半導体業界は今度こそ変われるだろうか?

シリコンサイクルで繰り返される動き

売り手であれ、買い手であれ、業界で5年以上の経験を持つ人たちは、需給のアンバランス状態で起こる下記のような悩ましい状況を誰でも経験したであろう。

  • モノの確保のための多重オーダーが業界全体の実需像を大きくゆがめる結果となる。多額の投資をして半導体を製造する売り手は将来襲いかかるかもしれない在庫リスクに脅えながら受注を繰り返す。買い手側は工場のラインダウンで起こる機会損失を避けるために実需より多い注文を出して先ずはモノの確保に走る。
  • 需給バランスの崩れで、単価は高騰し「買い過ぎた買い手」と「買い負けた買い手」を通常の何倍かの単価で仲介する“グレーマーケット”が暗躍する。
  • 需給バランスが反転した場合、立場は逆転し余剰在庫を抱えた者がその後始末に追われることとなる。

私の業界での経験を一言で言うならば、このシリコンサイクルのアップダウンにその時の立場で対処するのに四苦八苦した経験である。

かなり極端な例として思い出すのが2010年前後の太陽光発電ブームである。世界的な太陽光ブームに火をつけたのが先進各国が太陽光発電促進のためにこぞって始めたクリーンエネルギーの高額買い取り制度である。

国家の資金をもとに通常の電気取引料金よりもかなり高額で電力会社が電気の買い取りをするというので、太陽光パネル各社は一気に増産に乗り出した。当時パネルの原料となるポリシリコンの世界中の供給を一手に引き受けていた独Wackerのもとには各社からの大量注文が一気に舞い込んだ。Wackerはこの太陽光ブームがいつまで続くのかを懸念して、供給の条件として2-3年の長期契約を結びポリシリコンの増産に乗り出した。

しかし太陽光ブームは1年も経たずに終息してしまった。慌てたのは長期契約を結んで実需をはるかに上回る供給を受けなければならなくなったパネルメーカー各社である。消費しないものをどんどん受け入れるのだから、在庫は膨れ上がり各社はその評価損の影響をまともに受ける結果となった。

各社はWackerとの契約見直しの交渉を何度も試みたが、契約事項を厳格に順守するドイツメーカーWackerは頑としてこれをはねつけた。各国のパネルメーカーが苦汁をなめている中で、中国のメーカーは違う動きを見せた。パネルメーカーがどんどん破産申告して会社自体が消滅してしまったのだ。

Wackerが長期契約を盾に支払いを要求しようとしても昨日まであった会社があっという間に店じまいしてしまったので交渉のしようがない。「いくら頑固なドイツ気質の会社も中国の実利主義には勝てなかった」、というエピソードが業界に残った。その後の何回かのブームの波を経験した太陽光パネル業界の現在はその低コストで勝ち残った中国企業だけになってしまったのは皆さんがよくご承知の通りである。

ハイリスク・ハイリターンを追い求める懲りない連中は進化するか

ひと昔前の半導体営業のスタイルは、「とにかく今期(四半期)の数字を達成するのが最重要課題で、それによって在庫が積みあがっても来期にまた引き延ばせばいつかは需要が戻る」、というような山師的なところがあった。

ファブレス化が進む前の時代には各社が自前の工場を抱え、売れるか売れないか保証がないものでも競合に先駆けて市場に出して勝負するという「ハイリスク・ハイリターン」の企業精神があったが、現在ではその規模は巨大化し、政府が介入する時代となった。顧客層も自動車などの先輩産業を巻き込むまでに拡大した。かつて鉄鋼会社の幹部に「半導体はまるでガキのビジネスだ」、と言わしめた半導体業界が変われるかが試されている。