先般、Teslaが本社をカリフォルニアからテキサスに移転するという話題についてコラムを書いたが、そのテキサス州のアボット知事が最近発表した「コロナワクチン義務化禁止」の方針は、ようやくコロナ禍の影響から脱出しようと懸命な地元企業の頭を悩ませている。

政治的分断の板挟みに直面する地元企業

事の発端は、新型コロナ蔓延対策としてバイデン大統領が打ち出した「従業員100人以上の企業に対して、従業員のワクチン接種か、週一回の陰性証明を必須条件」とする方針に、テキサス州のアボット知事が反旗を掲げ「ワクチン義務化禁止」の方針を打ち出した事である。

アメリカ合衆国は、基本的には連邦政府のもとに州政府がぶら下がる構図であるが、管轄州行政の実際については州政府に大きな裁量権がある。事をややこしくしているのが、バイデン政権が民主党で、テキサス州アボット知事が前回の大統領選挙で敗れたトランプ氏に代表される共和党出身であることだ。

一部ではトランプ氏の後継者ともささやかれるアボット氏は、自身の共和党支持基盤の強化を狙って保守系の政策を推進する構えだ。“パンデミック”となったコロナ禍については各国が総力を挙げて蔓延防止に取り組んでいる。しかし、その解決策として広く認知されている予防接種について、米国では接種の自由をめぐり共和党の多くの支持者が強硬に反発していて、その様相は米国の分断を如実に表している。

古くから地元に大きな事業を展開する伝統的半導体企業TI(テキサス・インスツルメンツ)をはじめ、AMD、Samsungなどのグローバル企業にとっては今回のアボット氏の政策は悩ましいものになる。

冒頭紹介したTeslaなどを筆頭に、カリフォルニアの新興企業のいくつかは諸条件がいいテキサス州への移転を考えているが、各企業は政治的分断によって引き起こされる予想外の分野で決断を迫られる局面を迎えている。

  • 米国国旗

    米国国旗とテキサス州旗

米国内の政治的信条での分断は非常に深刻な状態で、同じ家族内でも個人的に民主/共和党支持者が共存する場合には家族の絆が脅かされるような事態に発展することもある。世界市場での激烈な競争にさらされる米国ベースのグローバル企業は、多様な従業員で構成されていて、こうした政治要因についての非常に微妙な決断が求められる。

米商務省から顧客情報開示を迫られるTSMC/Samsung

バイデン政権は、半導体を経済安全保障上の戦略的分野だとして、供給不足が深刻なサプライチェーンの問題解決に乗り出している。米国内での半導体生産増強を促すための巨額補助金を含む対応策に必要な法整備に取り組んでいるが、直近の状況は一向によくならない。短期的な問題解決の為に商務省は主要半導体メーカーに各顧客レベルでの品種、製造歩留り、注文量、在庫量、リードタイム等に関する詳細なデータの提出を求めている。11月初旬の提出期限が迫る中、半導体各社から充分な情報提供の協力を期待できないと判断した商務省のトップがあらためて情報提供の重要性を訴えた。直接の言及は避けているが、各社の対応によっては米国内における半導体工場建設に向けての巨額の政府補助金を見直す用意がある事をほのめかしている、との報道がいくつも出ている。要するに「補助金を受けたければ情報を出しなさい」、という事だ。その対象が米国ファブを運営するTSMCやSamsungに向けられていることは明らかである。両社とも米国商務省のこの強引なやり方に対し反発している。

  • TSMC

    TSMCのFab2の外観 (提供:TSMC)

世界最大のファウンドリ会社TSMCにとって、製造技術/顧客情報の秘匿性はそれ自体が企業価値である。AMD、NVIDIA、Qualcommといった世界的なファブレス企業のほとんどを重要顧客として抱え、ファウンドリビジネス市場の半分以上のシェアを誇るTSMCには、各社の先端製品デザインに関する企業秘密を含んだ高度な情報が集まっている。

競合各社がTSMCに生産委託する理由は、TSMCが巨額を投じて開発する最先端のプロセス技術だけではない。競合各社が巨額を投じて設計した最先端デザイン情報の秘匿性が徹底担保されているからである。

私はシリコンウェハビジネスの経験でTSMCの直接担当となった事はないが、担当の同僚から、TSMCがいかに各社の情報の秘匿性に気を配っているかをうかがい知れるエピソードを何度も聞いたことがある。情報は商務省内での厳重管理のもとに扱われるとはいえ、顧客情報を外部に出したとなれば、これは重大な顧客契約違反となる。ちょっと前になるが、FBIがある密室殺人事件解決を目的として、関係する人物のiPhoneに残る情報を得るためにAppleに対し個人パスワードの開示を求めたことがあるが、Appleは結局これを拒否し続けたという前例もある。

USTR(米通商代表部)は特定顧客が大量の半導体を買い込んでいて、それが一般市場での供給不足の原因の1つになっているとも指摘している。

2020年、米国によって発動された半導体輸出規制を受けて、中国のHuaweiはCPUを含む主要半導体の半年分を一気に調達した例があるが、今回のUSTRの指摘はどの顧客を指すのかは明らかにされていない。出荷されたすべての製品にはシリアル番号が振ってあって、どの顧客にどれだけ売ったかはすべて分かる。もしその顧客が非正規ルートで製品を捌いたとしたら、グレーマーケットに出た時点でトラックバックもできる。私がAMDで勤務したころにはパッケージ表面の品番などの表示を偽造するりマーク品というのがあったが、現在の製品ではICタグなどが付いていてトラックバックはもっと容易なのではないか。

USTRの強硬な姿勢で、業界は「犯人捜し」のような事態を迎えている。

グローバル企業の経済活動と主権国家の政治的利害がぶつかる今日

半導体がいつの間にか経済安全保障の重要ファクターの1つと認識されて、各国政府は半導体確保に躍起になっている。

半導体大手企業はその国籍を問わず、ビジネスのオペレーションは高度にグローバル化している。しかも、半導体製造にかかわるサプライチェーンで要所を抑える企業も高度にグロバールなオペレーションをしていて、国境を越えた取引が複雑に組み合わさって構成されている。こうした状況で、政治的意図をベースに決定される国家間の通商政策には「顧客とは誰か」、「最終的にその顧客の利益に資するのか」、「国としてサプライチェーンに介入する価値はいかほどか」、などについて充分な配慮が必要であることは言うまでもない。