スマートフォン全盛の現在、その動きが最も注目されている半導体企業Qualcommと同社を取り巻く状況について読み解くために、前回は次の3つの分野の1つ目を取り上げたので、後半となる今回は残りの2つの動きを見ていきたい。
- 買収に関する動き
- 独禁法に関する動き
- 製品に関する動き
2. 独禁法に関する動き
1985年にサンディエゴで創立されたQualcommは創立当初からワイヤレス通信にフォーカスしたエンジニア主導の会社である。その長い開発の歴史で培ったワイヤレス通信に関する1000以上の重要な特許を所有している。同じ通信業界の巨人スウェーデンのEricssonや、フィンランドのNokiaと十分に渡り合える技術力を誇る。
Qualcommはスマートフォン用のベースバンド・チップのビジネスで注目されるが、このIPをライセンスして特許料を稼ぐライセンス・ビジネスの大手でもある。一度開発したIPのライセンス・ビジネスには開発・製造のコストがかからないのでライセンス料がほぼそのまま利益となるおいしいビジネスである。何しろ30年以上にわたるワイヤレス技術開発の結果生み出されたIPであるから、新規参入者がビジネスをしようとしても、Qualcommの特許を使用しないで製品を開発することは至難の業となる。そういう意味では、Qualcommはスマートフォンの技術においては独占に近い。ライセンス契約ではスマートフォン大手のAppleとは訴訟問題になっていて、今でも続いている。
このライセンス・ビジネスがあまりにも行き過ぎた結果、独禁当局との軋轢も生んでいる。2018年1月末、EUの行政執行機関である欧州委員会は、Qualcommに対し約10億ユーロ(約1350億円)の制裁金を課す決定をした。この決定によれば、QualcommはAppleに対し「iPhoneなどの製品に使われるベースバンド・チップの独占供給の見返りとして数十億ドルの値引きなどを行った」とされている。こうした市場独占の濫用に関してEU委員会が多額の制裁金を課した例は過去にもいくつもある。Microsoft、Intelなども同じような制裁金を課されて応諾している。Intelのケースについては、私自身AMDにいた時の話でもあり、その詳細は、過去の連載に書いたとおりである。
EUは独占企業への対応には常に強い態度で臨む。その根拠は「独占によって競争原理が阻害されれば技術開発の停滞が起こり、価格が人為的に上昇する、これは消費者にとっての不利益となる」という立場である。このEUのQualcommに対する制裁金の発端となったのが、「AppleがQualcommチップからIntelチップへの乗り換えを検討していたことに対しQualcommがごり押しをした結果であった」、というのは誠に皮肉な状況である。10年ほど前にAMDを排除しようとしたIntelに対し制裁金を課したEU委員会が、今度はIntelを排除しようとしたQualcommに制裁金を課したわけだ。Qualcommは独禁当局からの同様の嫌疑を他の国でもかけられており、KFTC(韓国公正取引委員会)なども同様の決定の準備に入っているらしい。それをかわすために、Qualcommは最近になってSamsungとの2023年まで有効な包括的な提携強化に入った。この提携は下記の点で理に適っている。
- 世界最大のスマートフォン・ブランドと組むことによって、特許収入などの長期契約が可能となると同時に、競合他社に対しては大きな優位性を持つことになる。
- 買収をしかけてくるBroadcomに対する顧客、株主を巻き込んだヘッジになる。
- KFTC(韓国公正取引委員会)の制裁金についてQualcommの不服申し立てに対しSamsungは異議を唱えないようにできる。
- Samsungにとっても、大量に必要となるキーコンポーネントの安定供給が見込める。
こうした特許、独禁法などを巡る企業間の駆け引きは非常に専門的な知識と技量を必要とする。最近では従来の同業企業間だけでなく、異業種企業から訴訟を仕掛けられることだってある。私はIntelを相手にした裁判を経験して非常に多くのものを勉強した。普段なら知る必要のないものも、仕事上の必要性で無理やり学習させられたことになる。とかく日本の企業では裁判沙汰になるとそれだけでも何か悪い印象を持ってしまうものだが、半導体の企業間では日常茶飯事で、うまく立ち回らければ企業の存続でさえ脅かされる。法律問題での喧嘩にはそれなりの流儀がある。
- 仕掛けられたらすぐに自分が悪いことをしているなどと思ってはいけない。相手はあくまで民事訴訟でビジネスを有利に進めようとしているのだ。
- 値段は少々高くても優秀で誠実な弁護士を雇え。弁護士と価値観を共有することは重要!
- 特許で訴えられたら特許でやり返す。いろいろと探せば相手だって完全にクリーンということはまずあり得ない。相手の特許侵害を突けばあいこに持っていける。
- 自身の企業で解決をするのが難しければ同様な利害関係にある同業他社、あるいは顧客を巻き込む。世論を巻き込むことも効果的だ。巨大企業の横暴は世論が一番嫌うことである。
AMDはIntelの「独占的地位の濫用」に基づいた民事訴訟を起こした。結果的にIntelが裁判開始直前で和解を申し出たので、AMDは約1250億円の和解金を受け取ることになった。Intelと法廷で争うまでは行かずに終わってしまったが、私にとってはいろいろなことを学んだ貴重な経験であった。その詳細については過去の連載をご参照いただきたい。
3. 製品に関する動き
スマートフォンの市場は一時的な調整段階に入っているらしいが、年間約15億台以上を出荷するその市場は巨大である。Qualcommの宿敵である台湾MediaTekは2017年にそのシェアを落としたが、2018年はその落としたシェアの奪還を狙っているという。スマートフォンのCPU市場ではメインの3社がしのぎを削っている。Apple、Qualcomm、そしてMediaTekだ。パソコンのCPUがx86コアであるのに対しスマートフォンのCPUはほとんどが低電力のArmコアである。Appleは外販をしていないので、オープン・マーケットではQualcommとMediaTekの戦いである。シェアの割合は違うが、先行するQualcommをMediaTekが追う形で、IntelとAMDの対峙に似ている。ハイ/ミッド・エンドを抑えるQualcommに対し、MediaTekはロー/ミッド・エンドからQualcommを攻める。この辺もIntelとAMDの関係に似ている。スマートフォン市場はこれからの成長がインド・ASEANなどで見込まれるために、全体の価格の低下は免れない。そうなるとロー・エンドから攻めてくるMediaTekにも十分な勝機がある。ひょっとすると、中国、インドなどから新たなCPUメーカーが現れるかもしれない。QualcommのスマートフォンCPU事業部は常にチャレンジを受け続けるまったく気を緩められない状況にある。
もう1つ、Qualcommの製品の動きで見逃せないのがサーバCPUへの参入である。Qualcommは2017年すでにサーバ用64ビットCPUを発表している。最大コア数が48というから本格的なデータセンター用のCPUである。いくらあっても足りないデータセンターの昨今の主要件はその処理能力に加えて、増大する消費電力の抑制である。その意味では低電力のArmコアのサーバ用CPUというQualcommの製品には魅力がある。この分野ではx86のIntelとAMDがほぼ100%のシェアを握っている。そこに低電力で割って入るQualcommには十分勝機がある。データセンター顧客へのCPUの出荷はすでに2017年に開始しているので、2018年中にサーバレベルの製品が順次発表されるものと思われる。かつてAMDがOpteronでサーバ市場に割って入ったように、性能、信頼性、差別化が十分であればこれからのQualcommの売り上げ・利益率には大きく貢献する可能性がある。
Qualcommを取り巻く状況を前後編にまとめたが、2018年もひと時も目を離せない状況である。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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