日米が半導体をめぐって争った時代、TIが日本で半導体工場を建設

今から思うとかなり昔のことになってしまったが、1980年代の後半、日米は現在の米中のように貿易戦争に明け暮れ、半導体はその中でも中心に取り上げられた分野であった。

当時はNEC、富士通、東芝、日立、三菱などの日本の垂直統合型の総合電機メーカーブランドは電子機器エンド製品でも、その中身の半導体でも世界市場を席巻していた。AMD、Intel、National Semiconductor(NS)などの米国の独立系半導体メーカーは、世界中に出回る日本の電子機器エンド製品に米国製の半導体製品が使用されずに日本ブランドの内製品によって賄われることに大きな不満とともに危機感を募らせていた。

シリコンバレーの半導体メーカーを中心とするSIA(米国半導体協会)はワシントンに積極的に働きかけ、米国政府が日本に仕掛ける貿易交渉において「米国製半導体の日本市場でのシェアを最低でも20%まで向上させる」ことをアジェンダの1つに加えさせることに成功した。

私がAMDに入社したのはこのころで(1986年)、日本AMDでの窓口として業界・政府の会議などに引っ張り出されたので、AMDのサンダースを始め、Intelのノイス、NSのスポークなどの普通では会えないようなレジェンドたちと直に会える貴重な機会を得たのは大変に幸運であった。

しかし日本での米国系半導体のシェアの上昇を強硬に唱える米国側の姿勢にその時の私は正直「随分勝手な言い草だな」という感じを持った。しかし、その後、日本の半導体産業の発展過程を知るようになって考え方は随分と変わった。この時の米国側の不満と危機感は私がAMDに入社する以前の歴史に起因することを知ったからだ。

半導体の製造技術は1958年に米国Texas Instruments(TI)のキルビー博士が集積回路の基本アイディアを思いつき、その後まだFairchild Semiconductorにいたノイス博士(後にIntelを創業)が製造技術であるプレーナー技術を開発したことから始まっている。その後、日本の総合電機メーカーは必死になって半導体の製造技術を習得し、20年くらいで米国の技術を脅かす存在となった。

こうした背景があって、SIAは「日本は米国の技術をまねしてここまで来たのに、自社の電子機器には内製半導体しか使わないとはけしからん。このままいくと米国の電子業界は日本にとって替わられる」という不満と危機感を持っていたのだ。

  • キルビー特許

    キルビー博士の自筆によるキルビー技術の概念図 (著者所蔵イメージ)

その当時の米国半導体メーカーの大御所であるTIは1973年には大分の日出工場、1980年には茨城県の美浦工場を次々と操業し日本市場進出への強い意思を表明した。「工場は市場近くに建設すべし」という製造業の基本姿勢を貫いたわけだが、他国で半導体の工場建設をする判断は様々な事情を勘案して行われる。下記のようなものである。

  • 工場建設には多額の資金が必要になるのでその国の市場性が投資に見合うものでなければならない。しかしその国の工場で生産されるものには高額な輸入関税はかけられない
  • 工場を持つことでその国の政府が課す「ローカルコンテンツ要求」(外国企業が一定以上の現地調達を要求する)を満たすことになり、ビジネスでも地元企業と同等な扱いを受けることができる。
  • 通常は他国に工場を構えることは労働力を創造するので国だけでなく地元政府にも歓迎され、ブランドをその国になじませるための大きな手助けとなる
  • しかし工場建設はその国への半導体製造技術ノウハウの流出を覚悟しなければならない。

こうした大英断の後建設されたTIの工場であるが、日出工場は現在ではすでに閉鎖されている。時代の流れであろう。

米中の技術覇権競争の間で翻弄されるTSMC

時代は一気に下った現代で半導体をめぐって激しいつばぜり合いを繰り広げるのは米中である。5G、自動運転、AIといった巨大市場を見据えて半導体は国力を示す戦略的な意味を持っている。

先行する米国は猛追する中国をけん制して貿易戦争を仕掛けている。そうした最中にあって台湾の総統選挙と台湾の代表的企業のTSMCを取り巻く報道が際立った。

  • 1月初旬の台湾の総統選挙で中国と距離を置く現職の蔡英文氏が史上最多得票で再任された。この背景には香港の市民運動への中央政府の対応、台湾選挙に対する介入などの報道があった。今回の蔡氏の再選で、中国政府の統一攻勢に一時ストップがかかった感じだ。
  • 台湾のハイテクを代表するファウンドリ会社のTSMCは昨年からさらに世界市場でのシェアを伸ばし、今年も快進撃が続く。Appleの次期製品のプロセッサと5Gモデムを5nmプロセスを今年の第2四半期にも生産開始する模様で、2位以下の他社との差は広がるばかりである。Intelやソニーなどの自社ファブ企業も取り込んでいる。
  • 米国を代表するAppleとAMD、Qualocomm、NVIDIAといったファブレス企業の最先端製品の生産を一手に引き受ける台湾のTSMCに対し、米国政府が軍用半導体の米国での生産を要求しているという。理由は安全保障上のものであるらしい。要するに米国に最先端の工場を作れという要求である。
  • 一方、TSMCの中国系重要顧客の1つであるHuaweiもTSMCに対し中国での生産を要請しているらしい。中国政府は半導体などの戦略的技術は国家資本主義のもとで国有化に傾倒してゆく気配である。
  • TSMC

    ファウンドリ市場では圧倒的な存在感を示すTSMC (C)TSMC

なんともきな臭い話である。半導体の分野だけで見れば、一見して40年前の日米の問題とあまり変わらないように見えるが、前述の昔の状態とは状況が大きく違っている。

日米は国家間の安全保障条約をかわしているが米中はそうではないという違いである。業界分野で見ても、ブランド半導体市場ではトップを走るIntel、Samsung以外はファブレス化が一気に進み、ファウンドリが生産の多くを引き受ける。その中でもTSMCの存在感は突出していて、5nm以降のプロセス開発ロードマップを見てもこの状態はそう簡単には変わらない。

Samsungはファウンドリビジネスを強化しているが、主力アプリケーションであるスマートフォンのエンド市場で世界第一位のブランドである自身の存在感がAppleなどの大手顧客の取り込みを困難にしている可能性は高い。そのTSMCが米中のハイテク分野でのつばぜり合いの中で地政学的に一番緊張度が高まっている台湾の代表的企業である点がこの状況の困難さを表している。

半導体生産拠点の立地の条件は今や単なる貿易問題を超えて安全保障上の大きなファクターとなるという点で、2020年は大きな波乱含みの幕開けとなった。米国ベースの巨大プラットフォーマーGAFAだけでなく、中国ベースのBATHといった中国系プラットフォーマーの自社独自設計による半導体も全てがファウンドリに生産を頼っていて、表面上市場データには表れないが戦略的意味はさらに深いのかもしれない。TSMCの問題の今後の成り行きは大いに注目される。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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