本連載の第1、2回では、中国における商用車BaaS事業の現状と、商用車向けBaaSモデルが先行する理由を述べてきた。今回は中国の個人消費者向けのBaaSの現状と今後の可能性について解説したい。

【前回までの連載】
■第1回 電池観点から見たEV普及の壁とBaaSモデルの出現
■第2回 商用車から見たBaaS事業の将来性

個人消費者にとって電池交換式BaaSは1つの選択肢に過ぎない

2021年5月時点で、中国で販売された電池交換式EVの数は15万6千台、そのうち個人消費者による購入台数は約半数の7万9千台である。

個人消費者向けの電池交換式EVを販売する代表的な企業はNIOで、800~1,000万円前後の高級EV車を個人向けに販売している。

BaaSモデルの電池交換ステーションも積極的に展開しており、NIOのEVを保有する個人消費者のうち、現在約55%が電池をレンタルして電池交換ステーションを利用しているが、残り45%は依然として電池の自己所有を選択している。

個人消費者が自動車を使うパターンは、一般的に通勤、買い物と旅行が多い。短距離の使用が多くなるため充電時間ロスによる影響が少なく、夜間の自宅充電、外出先の充電ステーションでの充電も可能だ。つまり個人消費者にとっては電気補充の選択肢は多くあり、電池交換ステーションはそのうちの1つのソリューションに過ぎない。

また、個人消費者は電池交換ステーションの使用頻度も低い。例えば、月千キロの走行距離に対して必要な電池交換回数は3回程度、1日に換算して0.1回/日である。これはタクシーやライドシェアの1日の使用頻度の1/10以下だ。

こうした現状から、個人消費者向けの電池交換式EVの普及は、商用車市場と違い“いつまでに、どこで、何台普及”という明確な計画が立てづらい。

それでも事業投資を進める2つの追い風

それでもNIOをはじめ、Xpeng Motors、Geely Autoといった企業もBaaSモデルを提供し、個人消費者向けの電池交換式EV市場に取り組んでいる。なぜ民間企業がこのような経営判断をしているか、著者は2つの大きな理由があると考えている。

1.国の政策による強力な支援

1つ目の理由は、国や地方政府、国有企業レベルに至るまでそれぞれが電池交換EVの普及を全面的に支援し、明確な方向性と具体的な政策、アクションを取っていることだ。

中国では、電池交換EVに関する政策を含め、バッテリー標準化や車載バッテリーのライフサイクル基準など上流から下流までの関連領域・産業に対し、詳細かつ網羅的な政策づくりを行っていることが大きな特徴だ。

例えば、国レベルの代表的な政策の1つとして、2020年からEV普及をさらに加速させるため、販売価格30万元(日本円で約500万円)以上の高額な電気自動車の購入は補助しないという政策を出している。

これはEV価格の低減を図り、EV販売台数を増加させる狙いだが、これには1つの例外がある。電池交換式EVには価格上限を設けていないのだ。こうすることで、まさにNIOのような高級EVメーカーは電池交換式を選択することになり、交換ステーションの全国展開を促し、EVの普及に資することになるのだ。

地方レベルの政策を見ても、積極的な支援の姿勢は明らかだ。例えば北京市は、電池交換ステーションに関する営業許可、場所選定、標準化支援、保険と補助関連などの一連の政策づくりに取り組んでいる。

さらに、政策面での改善点・追加点などを一般市民から幅広く意見募集を行っている。浙江省、広東省と福建省も地域や産業の特徴に合わせ高い頻度で関連政策を発表・更新している。

国有企業の役割は具体的なアクションを取ることだ。中国の国営石油会社である中国石油化工集団公司(ちゅうごくせきゆかこうしゅうだんこうし、以降「中国石化」)は、傘下の企業を通して、中国全土で2万4千カ所のガソリンスタンドを運営している。

中国石化の自社変革の一環として電動化社会に向けた新しいビジネスへ挑戦するという背景から、EVメーカーのNIOと戦略連携を行い、2025年までに中国全土で5千カ所の電池交換ステーションを設けると発表している。

2.バッテリー交換以外の2つの収益源

  • 「日本における蓄電池システムのポテンシャル予測」

    日本における蓄電池システムのポテンシャル予測

2つ目の理由は、各EVメーカーにはBaaSモデルを採用することにより、電池交換ステーション事業以外の狙いがあると考えられる。

中国のEVメーカーも、米国テスラも同じような経営方針を定めているが、彼らは電気自動車の製造・販売だけでなく、電動化の優位性を持つ新興エネルギー企業としてのポジションも狙っているのだ。

実は、電池交換ステーションは、電気自動車の電池交換だけではなく、「バッテリーライフサイクル事業」と「大型蓄電池システム事業」でも収益を期待できるのだ。

バッテリーライフサイクル事業

車載電池のバッテリーライフサイクル事業は、劣化した電池をリビルド(再加工)、リユース(定置用電池などとして再利用)、リサイクル(金属抽出)という3つの段階があり、特に経済効果が大きいリユース部分に関しては、まだ電動化の初期フェーズであることから課題が多く存在している。今後の連載で詳細を紹介するが、ここでは一部事例として説明する。

本連載の第1回目に述べた通り、中国を含め、米国、欧州、日本などの主要国におけるEVの本格的普及までにはまだ時間がかかるためEV台数・車載電池の総量がまだ少なく、リユース事業が成立するに十分な中古電池の回収までには一定の期間や手間を要する。

またEVメーカー、バッテリーメーカーが乱立し、リユースに関するに標準化はこれからだ。このような市場背景の中、リユース電池の回収、電池性能評価・選別、再加工と製品化という一連の作業コストは高く、リユース車載電池の本来の経済効果が発揮できなくなっている。

一方で、電池交換ステーションは、電池回収から製品化までの課題を解決してくれる可能性がある。

リユース事業における一般的な課題は、“同種類・同性能の再利用可能な車載電池を効率よく回収できないこと”と、“リユース電池の性能評価と再加工コストが高いこと”である。 例えば、1つの蓄電池システムの電池容量は数十KWhから数十MWhの超大型のものまであり、リユース電池を定置用電池へ再利用するためにはかなりの数量が必要となる。

EVがまだ普及していない現段階では、同種類・同性能の電池を十分に確保することが難しく、また将来的に数量の課題がある程度解決できたとしても、電池仕様の標準化といった取り組みがない限り電池種類や性能上のばらつきの課題は存在し続け、電池モジュールの性能評価、再加工などのコスト増によりリユースに関わる費用が跳ね上がる可能性が高い。

しかしながら交換ステーションの場合、1つのステーションに十〜数十枚の50kWh以上の同じ規格の電池が搭載されており、使用頻度、電池寿命と電池性能が常に見える化できるため、各電池の卒業タイミングも予測可能だ。これにより、性能評価や再加工の工程が不要になり、回収から製品化までのコスト課題を解決できる可能性がある。

  • 「車載バッテリーライフサイクルのイメージ」

    車載バッテリーライフサイクルのイメージ

大型蓄電池システム事業

そして、電池交換ステーションが果たすもう1つの役割は、ステーション自体が大型蓄電池システムとしての機能を提供することだ。

1つの電池交換ステーションにはトータルで数百kWh〜MWhの電池が入っており、容量がかなり大きい。系統連携により電力調整や再生エネルギー蓄電など蓄電池システムとしての機能も持つことになる。

日本でも再生エネルギーの大量導入により蓄電池システムの利活用が急速に増えているが、新品電池を搭載した蓄電池システムは高額であり、需要側にとっては大きな経済負担となっている。車載電池をリユースすることで蓄電池システムのコスト構造を大きく改善したり、電池交換ステーションにそのまま蓄電池システムの機能を持たせたりすることで、社会課題を解決することができるのだ。

上記の「バッテリーライフサイクル事業」と「大型蓄電池システム事業」が電池交換ステーションの収益性に大きく貢献しており、これら事業を推進するEVメーカー、バッテリーメーカー、電池交換ソリューション事業者は、新興エネルギー事業者としてエネルギー領域への事業発展も実現しつつある。

今回は、国レベルの政策面と市場の動きから、BaaS事業について考察してきた。このような社会レベルの電動化変革や、人々の暮らしに関わる大きな転換には、中長期的な視野と大型投資が必要であり、国、自治体や国有企業がまずは明確な方向性と具体的なアクションプランを戦略的に施策、提示する必要がある。

そのため、中国をはじめ、米国や欧州の政策構成・ロジック、その有効性、施策時の課題や改善などを構造的に把握・俯瞰した上で、日本がとるべき全体的な政策やアクションプランを持つべきと考えている。

また、BaaSモデル・電池交換ステーション事業は、電動化領域とエネルギー領域の融合を促進する役割も持ち、自動車強国の日本でも事業発展が見込まれるビジネスモデルである。

従って、日本の市場特性を考慮し、総合的な視点で短・中長期のビジネス機会を捉え、事業方向性を戦略的に定める必要があると感じる。特に電動化分野やエネルギー分野はグローバル動向を踏まえて事業検討することが非常に重要であるため、アライアンス先や開拓すべき市場、アクションの検討などはグローバルの観点で、また他国、他社に先駆けて実施することが非常に重要であろう。

【著者】

胡原浩(こはらひろ)
株式会社クニエ
パートナー、グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主にM&A、会社/事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、イノベーション関連などのプロジェクトを担当。 中華圏を含めグローバルにおけるEV/モビリティ、蓄電池、エネルギーとハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)

王延暉(わんいぇんふぇい)
株式会社クニエ
クニエのグローバルストラテジー&ビジネスイノベーショングループに所属。モビリティ分野及び中国市場関連を中心に、クライアントの海外進出支援や新規事業確立の支援等を担当。 特に車載蓄電池分野において、技術開発の実務経験を持ち、新規事業立案から実行支援までのプロジェクト経験がある。 大阪大学大学院卒業