パナソニック ホールディングスは、2022年4月26日、新しい働き方を実践するR&D拠点とする「Panasonic Laboratory Tokyo(PLT)」をリニューアルオープンした。

未来の兆しに敏感なチャレンジャーの共創を誘発する場である「Kizashi LAB」、ウェルビーイングな未来に向けた人中心のテクノロジー発信の場である「Hitotics HUB & Studio」を新設。さらに、執務エリアを、時代の進化やプロジェクトの変化に合わせて、フレキシブルに運用できる空間に再設計した。

  • これがパナソニック流「新しい働き方」の実践、共創拠点をリニューアル

    Kizashi LAB

  • Hitotics HUB

  • Hitotics Studio

パナソニックホールディングス プラットフォーム本部くらし基盤技術センター カスタマー・エンゲージメント部総括担当の仙田圭一氏は、「パナソニックが、ウェルビーイングを提案するためは、自らがウェルビーイングを実践できていなくてはならない。そのための実験ができ、体験ができ、感じることができる仕掛けをした。暮らしと仕事のウェルビーイングを、問い、感じ、共有するR&D拠点として進化させたい」とする。

  • パナソニックホールディングス プラットフォーム本部くらし基盤技術センター カスタマー・エンゲージメント部総括担当の仙田圭一氏

※パナソニックホールディングスから、仙田氏の部署名、肩書を誤って伝えたとの申し入れがあり、記事初出時のものから修正をしました。

社内外との共創拠点としつつ、オフィスの価値・機能を見直し

PLTは、2016年4月に、東京・有明に開設。2018年12月には、東京・汐留浜離宮に拠点を移転。共創型イノベーション活動を行う「共創ラボ」として運営してきた。PLTは、通称「ヒトティクス研究所」と呼ばれ、、人に寄り添った先進技術を開発する技術者を中心に、社内外とのコラボレーションを行うAI-HUBや、ロボティクスを活用した共創型イノベーション拠点のRobotics-HUB、未完成のプロトタイプで未来のソリューションを見立てる場としてのMitate HUBなどを設置し、共創活動を行ってきた。従来のPanasonic βの活動から創出された「HomeX」の取り組みも、PLTが日本での拠点となっていた。

※記事初出時、Wonder LAB OsakaおよびPanasonic Laboratory Fukuokaとの一体運営について触れていましたが、4月から名称変更や体制変更があり、実態とは異なり、誤解を招くため削除しました。

今回のリニューアルでは、5階と6階の2フロアに分かれていたものを、6階のワンフロアに集約。約1490㎡ (約452坪)のスペースを利用し、共創型オフィスとして活用する。

PLT開設当初から掲げていた社内外との共創イノベーションを実践する拠点としての位置づけを踏襲しながらも、ウィズ/アフターコロナ時代を見据えて、働く場所をオフィスに限定しない新たな働き方を実現するとともに、オフィスに求められる価値や機能を見直したという。

乃村工藝社との協働により、「SHARE」をコンセプトにオフィスを再設計。PLTで働く社員やパートナーが、人々の「思い・体験」、「情報・文脈」、「仲間・出会い」など様々なコトを「共有」し、共創イノベーション活動を進化させるという。

新設したKizashi LABは、社内外の入り交じりによって未来を洞察し、機会領域や未来のソリューションを議論する場として従来から設置していたKizashi HUBを進化させ、従業員自らが、パートナーやお客様ともに、ウェルビーイングとは何かを体感、実証し、価値の本質を問うコミュニケーションエリアとした。IoTを利用した「自己開示ディスプレイ」や「音・光の空間演出」、「未来洞察カード」などの仕掛けと、グリーンや木を多用したバイオフィリックデザインを採用したという。

「Kizashiには、未来の『兆し』という意味を込めている。一橋大学の鷲田祐一教授が取り組んでいる未来洞察の仕組みを活用し、小さな出来事や変化を捉えて、それを集めて抽象化。アフターコロナを見据えた価値の本質を問うコミュニケーションを誘発していく仕掛けを用意した。また、IoTによる行動解析と、音や光による演出を組み合わせたり、グリーンを多用したバイオフィリックデザインを採用したりすることで、ウェルビーイングの実証にも取り組む」という。

また、「オフィスはなにをするところかという考え方が変化している。また、在宅勤務によって働く環境も変わっている。たとえば、在宅勤務の環境では、近くに家族がいるが、オフィスの環境では家族がいては駄目なのかという考え方も生まれてくる。そうした考え方をもとにすれば、パナソニックグループが、これからの暮らしのウェルビーイングを考えるなかで、家族が一緒にいて、生活者の視点から議論ができる環境をオフィスのなかに整えてもいいのではないかということも検討しはじめている」とする。

Kizashi LABでは、リビングラボと言われるように、オフィスのなかに生活の要素を入れ、自分たちが生活者であるということを活かした持論の実証を行っていく考えであり、これまでの常識に捉われない柔軟な発想で運用する姿勢をみせる。

Hitotics HUB & Studioは、ロボティクスやAI、IoTなどの新技術、デザイン思考による新規事業創出に向けた取り組みを、人に寄り添ったユーザー中心のプロセスで実施。お客様も一緒に実践するワークショップやセミナーを開催するほか、オンライン発信やビデオ収録、編集が行えるスタジオも併設した。

「ロボティクスやAIといった技術を突き詰めていくと、人を不要にする自動化ソリューションという方向になりがちだが、Hitotics HUB & Studioでは、人に寄り添ったり、健康で生き続けるためにはどうするのかといったように、人を中心として、これらのテクノロジーを活用することを目指す。また、オンラインを活用して、パートナーやお客様との共創活動を、グローバルに向けて本格的に発信していきたい。スタジオを活用することで、PLTには、メディアとしての役割も持たせることになる」などとした。

※記事初出時、Digital Panasonic Laboratory Tokyoについて触れていましたが、パナソニックホールディングスから内部の呼称であるとの指摘があり、削除しました。

一方、執務エリアでは、個人のデスクワークは在宅で行うことを前提にした設計を採用。プロジェクトの成長や、メンバーの働き方の変化などに応じて、フレキシブルに形を変えることができるプロジェクトエリアと、パートナーとのオンラインでの共創や、ビッグデータをマルチモニターで扱うことができるR&DのためのR&Dコックピットエリアを設定している。

また、ハイブリッドワークを効果的に推進するための仕組みづくりも行う予定であり、在宅勤務の社員が、出社している社員にどんなタイミングで声をかけるのがいいのか、その仕組みをどうするのかといったことを実験するほか、オフィス内では他者の会話が聞こえることによって、業務の進行や社員の状況を理解するといったことが可能だった環境を、在宅勤務の社員に同様の環境をどう届けるか、といったことも検討していくという。

ロボティクス技術の新たな発展を見据える拠点「Aug Lab」

そして、パナソニックホールディングスでは、Aug Labを通じたウェルビーイングへの取り組みも強化している。

Aug Labは、2019年4月に設立したR&D拠点で、ロボティクス技術が、自動化(Automation)だけに留まらず、新たな価値として自己拡張(Augmentation)を実現することを目指して研究開発を行っている。工学以外の視点を加えながら、デザイナーやクリエーターなども参加する共創やプロトタイピングを通じて、新たな成果の探索を行っている。

  • Aug Labの概要

パナソニックグループにおけるロボティクスへの取り組みとしては、製造分野向けロボットを生産していた経緯や、現在でも実装機などで実績を持ち、それらを構成するキーデバイスをグループ内で開発、生産している実績がある。また、2013年に製品化した自律搬送サービスロボット「HOSPI」は、国内外の病院などでの導入実績があるほか、農水省の支援により、トマトを自動で収穫するロボットの開発、検証を行っている。さらに、ロボット掃除機や離床アシストベッドなどの商品化も行っている。羽田空港の国内線出発ロビーでサービスを開始した、自動走行する追従型電動車いす型ロボティックモビリティも、Aug Labで取り組んできたものだ。

  • トマトの自動収穫ロボットなども開発

パナソニックホールディングス マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室の安藤健室長は、「ここ数年、ロボティクスに対する社会からの要請のレベルが高まっている。たとえば、市場ニーズの掘り起こしから、実証、商品化までのサイクルが高速化し、数年単位のプロジェクトが数カ月に短縮してほしいという動きが増えている。また、ロボティクスの応用範囲が広がり、様々な分野での応用が求められている。製造分野であれば、パナソニック自らが現場を熟知していたが、新たな分野に対しては、現場を理解するためにもお客様としっかりと手を組む必要があり、パナソニックグループだけですべてをやることが難しい。自前開発から、共創へと舵を切ることが求められている。これまにも、外部企業との連携や、約10大学との協業も行っている。オープンイノベーションと、技術プラットフォームの両輪でロボティクス開発の高速化に取り組んでいる」とする。

  • パナソニックホールディングス マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室の安藤健室長

※パナソニックホールディングスから、安藤氏の部署名を誤って伝えたとの申し入れがあり、記事初出時のものから修正をしました。

その一方で、こんな見方もする。

「少子高齢化やコロナ禍の影響によって、人手不足への対応や、効率性の追求、生産性の向上といったことが求められているが、ロボティクスは自動化によって、これらを実現するだけでいいのか。それだけでなく、ロボティクスが、人々のウェルビーイングに貢献できないだろうかということが、より重要なテーマになっている」

Aug Labでは、ロボティクスを自動化の用途で活用して「身体的」な部分をサポートするだけでなく、「精神的」、「社会的」に良好な状態をサポートすることを目指すという。

「人をすべての中心に置きながら、自己拡張(Augmentation)技術の開発によって、人の感性や心にも働きかけ、なにげない日常が豊かになるウェルビーイングな社会の実現に貢献したい」とする。

  • Augmentation技術によって、なにげない日常が豊かになる社会の実現に貢献

Aug Labの取り組みでユニークなのは、人の感性を解析したり、理解したりといった活動に挑んでいることだ。文献からの情報収集や、有識者へのインタビューをもとに、感性価値の分類や構造化に取り組んでいるほか、カメラで撮影した顔画像から事務作業中の自律神経の状態とウェルビーイング度の相関を計測するウェルビーイング度推定技術の開発に着手。さらに、気持ちや心を意識して日々過ごしているアーティストなどが持つ暗黙知を引き出しながら、プロダクトやサービスに反映させる取り組みも開始しているという。

こうした取り組みをもとに開発した「TOU(ゆらぎかべ)」は、磁性体を使って、まるで風が吹いているように、屋内の壁面の布が揺れ、人がぼっーとする時間を生み出し、思考の拡張や創造性を発揮することを支援するという。「自然のランダムな揺らぎは、人の思考を開放させることができる。それを家のなかに再現できる。ネット動画で風が吹いているシーンを見ているよりも効果があると考えている。コロナ禍で在宅勤務が増えた人たちにとっても、効果があるのではないか」とする。

また、コミュニケーションロボット「babypapa」は、3体のロボットが専用言語でコミュニケーションしたり、それで遊んでいる子供の笑顔を撮影して共有したりすることで、子供と親の会話を増やすことなどを狙っているという。さらに、遠隔応援デバイスの「CHEERPHONE」は、音声や振動を伝える親機と子機のデバイスにより、離れた場所にも想いも届けることができるという。

  • 開発したプロトタイプ

「ウェルビーイングの領域に対しても、ロボティクスが活用できる。これまでのパナソニックグループではアプローチできていなかったパートナーとの連携や、お客様への提案ができると考えている」とする。

パワポから体験へ、新しいモノづくりへの変化

振り返ると、パナソニックが、2016年頃に、PLTをはじめとする共創ラボなどの共創型施設を相次いで設置した背景には、デジタル家電などが好調だった状況から一転し、2011年および2012年には大規模な赤字を計上。VUCA時代の到来を前に、共創型の新規事業の創出や、新たなモノづくりが求められていたことが見逃せない。

  • デジタル化時代へ一転、共創型の新規事業の創出や、新たなモノづくりが求められていた

パナソニックホールディングスの仙田氏は、「社内でモノづくりをすると、従来製品に比べて、どのスペックを強化すればいいかということが共通認識の上で議論できるようになっており、パワポの資料があるだけで、次の製品企画ができた。100年間続いた企業において、最適なやり方というものができていた」としながら、「だが、新規事業をはじめようとすると、これまでに体験したことがない事柄を理解する必要があり、体験することが重要になる場面が増える。そこで、共創ラボを設置した」とする。

こだわったのは、ハッカソンなどのイベントを開催する施設ではなく、新たな体験を技術者自らが実践できる施設だった。「技術者が、1,000台のカメラを社内に設置して実験したいといっても、社内の施設管理ルールによって、そんなことはできなかった。技術者が、自分たちはどんな施設が欲しいのかといったことを、働き方やルールづくりを含めて議論し、特区といえる場所を作り上げた」という。

ここでは、トップダウンの経営改革と、ボトムアップでのカルチャー変革に加えて、ミドルアップダウンの活動改革を重視したという。

「一般的に、最も変わりにくい言われているのがミドル層。ここをしっかりと巻き込まないと全体が変わらない。ミドル層を共創型活動の中核を担う人材に変えていくことが大切だと考えた」とする。

技術者同士が議論をしたり、社外を含めたオープンイノベーションを行ったりするための「ハブ」と呼ぶ機能を数多く用意したのも、ミドル層が変化を起こしやすい環境づくりのひとつであった。

目指すのはシリコンバレーのPlug and Play Tech Center

パナソニックグループは、2022年4月から、持ち株会社制をスタートし、事業会社による自主独立経営へと移行している。今回のPLTのリニューアルは、こうした動きにあわせて、新たなフェーズへと突入したと捉えることができる。

仙田氏は、2016年にPLTを有明に開設した時点を「PLTフェーズ1」と位置づけ、とくにAIに注力。2022年度までに1,000人のAIエンジニアを育成する計画を打ち出し、2021年度にこれを達成してみせた。また、東京オリンピック/パラリンピックでの活用を視野に様々なフィールド実験にも取り組んできた。

2018年に浜離宮に移転したのにあわせて、そこからの取り組みを「PLT2.0」と表現。パナソニックグループが創業100周年を迎えたタイミングでもあり、パナソニックグループの姿として打ち出された「くらしアップデート」の象徴的な取り組みであったHome Xの日本での拠点もPLT内に設置。テクノロジー、ビジネス、クリエイティブなどの様々な部門から人材が参加するとともに、外部企業や大学などを巻き込んだ取り組みが加速したという。ここでは、ロボティクスに取り組むAug Labとの連携も強化していった。

そして、今回のリニューアルは、PLTにとっては、フェーズ3に位置づけられるものになる。事業会社が主体となる体制へと移行したパナソニックグループだか、PLTにおいては、パナソニックホールディングスの技術本部のメンバーだけでなく、様々な事業会社の社員が含まれ、それぞれが連携しながら新規事業開発に取り組むという。

短期間で事業化でしたり、事業規模が拡大する可能性があるものは、事業部門に引き継いだり、規模が小さいものや事業会社の中間地点にあるようなものは、パナソニックホールディングスの技術本部が自ら事業化したりといったような柔軟な形で事業化を推進する。これにより、従来は時間がかかっていた新たな技術からのビジネス創出を短期間に行うサイクルを回す考えだ。

パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOは、パナソニックグループの競争力強化の考え方として、「目先の利益や現状の延長線上ではなく、長期視点で構築した戦略が必要である」としているほか、「今後は、ウェルビーイングの要素が重要になる」と発言。こうした長期的視点での新規事業創出や、ウェルビーイングを視野に入れた活動も、PLTフェーズ3における重要なテーマに掲げている。

仙田氏は、「事業化までに足が長いものに対しても、しっかりと取り組む体制を敷く一方で、Hitotics HUB & Studioでは、事業化が近いものについては、プロジェクトルームを用意し、そこから発信していく活動も行えるようにしている。また、ウェルビーイングというテーマでは、より幅広い分野の専門家との共創が必要になる。東京の地の利を生かして、そうした活動をこれまで以上に活発にしたい」とする。

目指しているのは、米シリコンバレーのインキュベーション施設であるPlug and Play Tech Centerだという。

PLTでは、現在、5つのプロジェクトルームを用意しているが、「これらが埋まって、足りないといってもらえるような状況を生み出したい。事業化に向けた新たなプロジェクトが集まる拠点となり、そこからいくつかのプロジェクトの成功体験をもとに、PLT全体が盛り上がり、継続的に進化していく状況を生みだしたい」とする。

フェーズ3へと踏み出したPLTから、どんな成果が新たに生まれるのかが楽しみだ。