携帯電話各社は、携帯電話(フィーチャーフォン)からスマートフォンに買い替えると料金が安くなる料金プランに長年力を入れています。主として、スマートフォンの普及が進んでいないシニアに対し、スマートフォンに乗り換えてもらうための施策なのですが、なぜ各社はそこまでしてシニアのスマートフォン乗り換えに力を注ぐのでしょうか?
密かに競争が激化しているシニアのスマホ乗り換え
最近の携帯電話業界は、2019年10月の電気通信事業法改正と楽天モバイルの新規参入に向け、料金プランに関する動向が非常に慌ただしくなっています。ですが実は、料金プランを巡る競争は、NTTドコモの「ギガホ」「ギガライト」など多くの人が利用するプランだけではありません。
それは、携帯電話からスマートフォンに乗り換えた時だけに適用される料金プランや割引サービスです。現在提供されているサービスでいえば、NTTドコモの「はじめてスマホ割」やKDDI (au)の「スマホ応援割」、ソフトバンクの「スマホデビュープラン」などが挙げられます。
これらはいずれも、フィーチャーフォンからスマートフォンに買い替えることで適用されるもの。12か月間、基本料が月額1,000円値引きされるというお得な特典を提供することで、スマートフォンへの乗り換えを増やすというのが主な狙いとなっています。
そのターゲットは、主としてスマートフォンを使っていないシニア層となることから、あまり目立たない印象があります。ですが、実は密かに激しい競争が繰り広げられている分野でもあるのです。
実際、2019年8月5日にソフトバンクが決算説明会を実施した際、代表取締役社長執行役員兼CEOの宮内謙氏は「スマホデビュープラン」が好調で、他社からも番号ポータビリティで顧客を奪っているとの話をしていました。
また、2019年8月1日に実施されたKDDIの決算説明会で、代表取締役社長の高橋誠氏は、同社が2023年3月末に3Gのサービスを終了させることから、3Gの携帯電話を契約している人が他社に流出しないよう、4Gへの移行を促す“巻き取り”を加速したことが、減益要因の1つになったと説明しています。3G契約者の多くはフィーチャーフォンを利用していることから、この動きもフィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換えを促進する競争が加速している様子を示しているといえます。
スマホはビジネスチャンスの大幅な拡大となる
ですが、フィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換えを促進するプランや割引に力を入れるというのは、今に始まったことではありません。スマートフォンの普及がある程度進んで以降、携帯各社はシニアのスマートフォン利用を促進するべく、形を変えながらも同様の割引サービスを提供し続けています。合わせて「らくらくスマートフォン」シリーズをはじめとするシニア向けのスマートフォンも用意するなど、至れり尽くせりの策を打ち出しているのです。
なぜ、そこまでして携帯電話会社はスマートフォンへの乗り換えを進めているのでしょうか? 理由はきわめてシンプル。携帯電話よりもスマートフォンのほうがビジネスチャンスが大きいからです。
シニアを主体とした現在のフィーチャーフォン利用者は、基本的に音声通話やEメール、あるいはSMSなどの利用が大半を占めています。かつての「iモード」などのように、携帯電話上でインターネットコンテンツを利用したいという人は、すでにその大半がスマートフォンに移行しています。「通話とメールが使えれば困らない」と考える人だけがフィーチャーフォンに残っているのです。
ですが、携帯電話会社からしてみれば、そうした顧客は収益の拡大が見込めないという弱点があります。現在の料金プランは、データ通信で売上を上げる仕組みが主流であり、音声通話はオプションを付与すれば定額というのが一般的なことから、通話では売上を大きく伸ばすことはできないのです。
そうしたことから、携帯電話会社はスマートフォンに乗り換えてもらうことで、通話だけでなくデータ通信の利用を広げ、売上を高めようとしているわけです。しかも、スマートフォンに乗り換えてもらうことで、通話やメールだけでなく、携帯電話会社が提供する動画やEコマース、決済など多くのサービスを利用してもらえる機会が生まれ、ビジネスチャンスが大きく広がるということも、乗り換えに力を入れる要因になっているのです。
ですが、スマートフォンへの移行が進んだからといって、携帯電話会社の思惑通り売上が上がるかというと、それは分からない部分もあります。というのも、ユーザーがスマートフォンにしたからといって、音声通話とメールというフィーチャーフォンの利用スタイルを変えるとは限らないからです。
実際、NTTドコモのスマートフォン利用者のうち、月あたりのデータ通信量が1GB以下のユーザーは4割に達するとしています。スマートフォンを持っていても、データ通信が積極的に利用されているわけではない状況が見えてきます。端末を変えたからといって、ユーザーが利用スタイルを大きく変え、データ通信を積極的に利用するとは限らないのです。
各社とも、携帯電話ショップでスマートフォンの使い方教室を実施するなど、スマートフォンの利用を後押しするための取り組みを進めてはいます。ですが、ビジネス機会を大きく広げるうえでは、今後スマートフォンの利用という側面に力を注いでいく必要があるといえそうです。
著者プロフィール
佐野正弘
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。