国内での商用化が始まった次世代のモバイル通信規格「5G」ですが、海外で「5Gの電波が健康被害をもたらす」との憶測が流れたことで、日本でも5Gの電波に不安を感じたり嫌悪感を持つ人が少なからずいるようです。なぜ、そのような根拠のない憶測が増えているのでしょうか。

  • 「5Gの電波は人間の健康に害がある」など、根拠のないデマを信じている人は少なくない

    日本でも大手キャリアによるサービスが始まった5Gだが、「5Gの電波は人間の健康に害がある」「新型コロナウイルスが広まったのは5Gの電波のせい」など、根拠のないデマを信じている人は少なくない

根拠のないデマで海外では基地局の破壊も

国内でも2020年3月から商用サービスが始まった5G。社会のデジタル化を加速するネットワークとして注目が高まっている5Gですが、その5Gの電波が健康被害をもたらすのではないか?と不安を抱く人が出てきているようです。

そうした不安を抱く人は日本のみならず世界的にいるようで、不安が実害となって影響を与える事件も海外では起きているようです。実際、イギリスなどでは「5Gが新型コロナウイルスの感染を拡大している」というデマがSNSで流れたことで、携帯電話の基地局が放火されるなどの被害が出ています。

もちろん、5Gの電波と新型コロナウイルスの感染に因果関係はまったくなく、世界保健機構(WHO)もこの件については明確に否定しています。ですが、そうした事件が起きることは、世界的に5Gの電波に対する健康への不安を抱いている人が少なからずいることを意味していることも、また確かなようです。

国内でも、携帯電話が発する電波が健康被害をもたらすのではないか?という考えを持つ人は古くから存在しており、それを理由に携帯電話の基地局建設に反対するといったケースは何度か起きています。ですが、4Gまではそれほど多く耳にすることがなかった電波に対する健康への不安を訴える人が、なぜ急に増えたのでしょうか。

そこには、5Gで使用する電波の周波数帯と、その特性が大きく影響しているのではないかと考えられます。5Gでは、最大で20Gbpsもの高速大容量通信を実現するため、データが通る道、つまり広い帯域幅を確保する必要があることから、これまで衛星通信などに使われていたような非常に高い周波数帯を用いるようになりました。

  • 総務省「第5世代移動通信システム(5G)の導入のための特定基地局の開設計画の認定(概要)」より。5G向けとして携帯電話会社に割り当てられている電波は28GHzなど、4G向けよりもいっそう高い周波数となっている

しかも、電波は周波数が高いほど障害物の裏に回り込みにくく、遠くに飛びにくい特性があることから、5Gで快適な通信をするには4Gよりも多くの基地局を設置する必要があります。「非常に高い周波数」の電波が「多数の基地局」から射出されることで、従来以上に健康上のリスクが高まるのではないか?と考える人が、健康に対する不安を積極的に発信したことで、多くの人に不安を与える結果になったのではないかと考えられます。

なぜ携帯電話の電波が不安を呼ぶのか?

ですが、電波は通信や放送などで長きにわたって活用されているものだけに、健康への影響もこれまで長年にわたって研究がなされています。まず前提として、携帯電話などで用いられている電波は、同じ電磁波の中でもX線などで用いる放射線(電離放射線)よりも周波数が低く、遺伝子を傷つけることのない「非電離放射線」に分類されていることは知っておく必要があるでしょう。

また、電波は100kHz以下の低周波では刺激作用、それ以上の高周波では発熱作用をもたらしますが、これらはあくまで非常に強い電波を浴びた場合に限られます(ちなみに、後者の特性は電子レンジなどで活用されています)。

携帯電話では100kHz以上の高い周波数が用いられていることから、人体に発熱の影響を与える可能性がありますが、携帯電話端末や基地局から発せられる電波は、長時間浴びても人体に影響を与えないよう、一定の基準値を超えないよう設計がなされています。

ただ、WHOのがん専門機構である国際がん研究機関(IARC)は、2011年に携帯電話が「発がん性があるかもしれない」というグループに分類しているようで、これを根拠に健康不安を訴える人もいるようです。ですがこれは、あくまで端末を人体のごく近くで使った場合の限定的な証拠に基づいたもので、可能性が否定できないことから長期的な影響の研究が必要という意味です(ちなみに、同じグループには私たちが日常的に口にしている漬物などが含まれています)。現在も研究はなされていますが、国内では具体的な関連性が認められているわけではないようです。

携帯電話の電波と健康という観点でいうと、かつては携帯電話の電波が心臓のペースメーカーなどに影響を与える可能性があるとされており、総務省も以前はペースメーカーなどを付けている人から端末を22cm離すべき、との基準を設けていたことがあります。それが、鉄道などの公共交通機関の優先席付近で携帯電話の電源を切るように、というマナールールにもつながっていました。

ですが、その影響があったのは実質的に旧世代の携帯電話(フィーチャーフォン)で使われていた2Gまでの話です。3G以降の通信方式では、影響を与える可能性がほとんどなくなったことから、2G端末の運用が停止した2013年以降、総務省は海外などと同様に15cm離せば問題ないと基準の見直しを実施しています。現在は、それに基づいて公共交通機関でのマナールールも緩和されているのは、多くの人が知るところではないでしょうか。

5G、ひいては携帯電話の電波に対する不安は、かつてのペースメーカーに対するイメージや、電波と放射線の違いをよく理解していないこと、IARCの報告を極端に解釈してしまったこと、またそもそも電波を発する機器を頭の近くで使うことへの不安……などが複合的に絡んで生み出されたのではないでしょうか。そうした不安に左右されないためには、やはりデマや不正確な情報に惑わされず、電波に対する正しい知識を身に着けることが求められます。

なお、電波の安全性に関しては、総務省の電波利用ホームページなどにも掲載されているので、そちらも参照してみることをお勧めします。

  • 総務省の「電波利用ホームページ」。電波の安全性に関する具体的な情報もこちらに掲載されている