日本電信電話(NTT)は2020年9月29日、子会社のNTTドコモの株式をTOB(株式公開買い付け)で取得し、完全子会社化することを発表した。このTOBには政府の料金引き下げも影響していると見る向きもあり、その手段の1つとしてNTTドコモが「ワイモバイル」「UQ mobile」などのサブブランド展開が注目されている。だが同社がサブブランドを用意した場合、大きく影響を受ける企業は少なくない。

「OCN モバイル ONE」がサブブランドになる?

携帯電話料金引き下げを公約に掲げる菅義偉氏が内閣総理大臣に就任したためか、ここ最近携帯電話業界の動きが非常に慌ただしくなっている。中でも大きな動きとなったのが、2020年9月29日、NTTがNTTドコモを完全子会社化すると発表したことだ。

NTTは元々NTTドコモの約66%の株式を保有しているが、既存株主から残りの株式をTOBで取得して完全子会社化するとのこと。その額は約4兆3,000億円と、国内企業へのTOBとしては過去最大の規模になるという。

  • NTTとNTTドコモは2020年9月29日に緊急会見を実施。NTTがTOBでNTTドコモを完全子会社化することを発表して大きな驚きをもたらした

    NTTとNTTドコモは2020年9月29日に緊急会見を実施。NTTがTOBでNTTドコモを完全子会社化することを発表して大きな驚きをもたらした

NTTはNTTドコモの完全子会社化によって、NTTドコモとNTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアとの連携を強化し、法人事業やサービス創出の強化、5G・6Gに向けた通信事業の強化などを推し進めるとしている。現時点では未定としながらも、今後NTTコミュニケーションズやNTTコムウェアを、NTTドコモに移管することも検討しているという。

今回の完全子会社化に関して、NTTの代表取締役社長である澤田純氏はあくまでNTTドコモの競争力強化が目的であり、菅政権が求める料金引き下げが直接的な理由ではないという。ただ一方で、NTTドコモを強化することで料金引き下げの余力が出るとし、料金の引き下げ自体は検討しているとも話している。

とはいえNTTドコモはあくまで利益を追求する民間企業なので、政府の要請とはいえ料金引き下げ実現はそう簡単に実現できるものではない。単に料金を引き下げれば利益の大幅な悪化は避けられない。実際2019年度の決算を見ると、政府の料金引き下げに端を発した規制に対応するべく新しい料金プラン「ギガホ」「ギガライト」を導入した結果、利益は前年度比15.7%減と大幅な減益を記録している。

  • NTTドコモの2019年決算説明会資料より。前年度比で大幅な減益を記録しているが、その要因は、政府の料金引き下げに向けた規制に対応するべく導入した新料金プランによるものだ

そこで最近浮上しているのがサブブランド展開だ。メインのブランドよりもサービス内容を簡素化し、コストを落とすことで低価格を実現するサブブランドはソフトバンクが「ワイモバイル」で展開しているが、KDDIも2020年10月、UQコミュニケーションズがMVNOとして展開していた「UQ mobile」事業を承継してサブブランド化している。

  • KDDIは「UQ mobile」の事業を2020年10月に承継し、シンプルで手ごろな価格が特徴のサブブランドと明確に位置付けるようになった

一方で、NTTドコモはこれまでサブブランド展開を一貫して否定してきた。だがNTTによる完全子会社化を機として何らかの形でサブブランドを提供すれば、現在のメインブランドであるNTTドコモのサービス内容や価値を大きく変えることなく、料金引き下げにつなげられることから、完全子会社化の発表以降、サブブランド展開を期待する声が増えているようだ。

そのサブブランドの有力候補として注目されているのが、NTTコミュニケーションズがNTTドコモのMVNOとして展開しているモバイル通信サービス「OCN モバイル ONE」である。なぜなら先にも触れた通り、NTTがNTTコミュニケーションズをNTTドコモに移管することを検討しており、今後両社の一体化が進む可能性が高いからだ。

しかもOCN モバイル ONEは、既にMVNO市場の中で比較的大きなシェアを持っている。新たにサブブランドを立ち上げるよりもOCN モバイル ONEを活用した方がメリットが大きいことから、もしNTTドコモがサブブランドを展開するとなれば最適な存在であることは確かだろう。

  • 「OCN モバイル ONE」はNTTコミュニケーションズがMVNOとして展開しており、サービスは簡素だがNTTドコモと比べ非常に安い価格が特徴となっている

独立系MVNOや楽天モバイルなど新興勢力には危機

サブブランド展開はNTTドコモにとってプラスに働く可能性が高いが、一方でマイナスの影響を大きく受ける可能性があるのが独立系のMVNOである。

実は独立系MVNOの大半は、NTTドコモから回線を借りてサービスを提供している。なぜなら以前、MVNOが回線を借りる際に支払う「接続料」が最も安かったのがNTTドコモだったからだ。

もちろん最近ではその構図が大きく変わってきており、2020年の接続料はソフトバンクが最も安く、NTTドコモが最も高いという結果になっている。とはいうものの既にサービスを提供しているMVNOが容易に回線を変えることはできないので、NTTドコモの回線が多く使われるという状況は当面大きく変わらないと見られ、NTTドコモにとってMVNOはライバルでありながら重要な顧客でもあった訳だ。

従ってNTTドコモがサブブランド展開をしなかったのは、低価格のサブブランドを提供すれば、低価格が売りのMVNOの顧客を奪ってしまう可能性があったためと考えられている。それが一転してNTTドコモがサブブランドを展開するとなれば、MVNOから顧客を奪ってしまう可能性が出てきてしまう。

既に独立系のMVNOは、大手のサブブランド同士の競争に巻き込まれて顧客の獲得が低迷、あるいは減少するなど苦戦が続いている。NTTドコモがサブブランドを展開するとなれば、ようやく育ってきた独立系のMVNOが一気に存続の危機に立たされる可能性は高いだろう。

  • MVNO大手のインターネットイニシアティブ(IIJ)の2021年3月期第1四半期決算説明会資料より。コンシューマー向けのモバイル通信サービス「IIJmio」の回線数は横ばい傾向にあり、純減するケースも出てきている

そしてNTTドコモのサブブランド化の影響は、同じく低価格を売りとしている新興の楽天モバイルにも大きな影響を及ぼすことになるかもしれない。実際、KDDIやソフトバンクはサブブランドを楽天モバイルの対抗に充てており、NTTドコモもそこに参入するとなれば一気に競争が激化、サービスを開始したばかりで最も弱い立場の楽天モバイルが不利な状況に追い込まれる可能性がある。

  • 月額2,980円で利用できる5Gのサービスを発表するなど低価格を特徴とする楽天モバイルだが、インフラ整備などが途上なだけに、最大手のNTTドコモがサブブランドを展開すれば不利な立場となる

それだけNTTドコモのサブブランド展開は市場に与える影響力が大きく、新興勢力の芽を摘んでしまう可能性さえあるものなのだ。もし実現したとすれば、政府が求めているはずの市場競争を加速させるどころか、一層の寡占が進んでしまうかもしれない。