NTTドコモがラグビーW杯に合わせる形で5Gのプレサービスを開始するなど、2020年春の商用サービス開始を控えて携帯各社が5Gのプレサービスを相次いで開始している。だがよく考えてみれば、4Gまでは商用サービス前にプレサービスを実施したことなどなかった。にもかかわらず、なぜ5Gではプレサービスを実施する必要があったのだろうか。

NTTドコモが商用環境による5Gプレサービスを実施

2019年9月20日のラグビーW杯開催に合わせ、NTTドコモが次世代通信規格「5G」のプレサービスを開始した。同日に実施されたラグビーW杯のパブリックビューイング会場では、試合の模様を大画面の高精細映像で伝送する取り組みなどを実施していた。5Gの高速大容量通信を活かしたものだ。

  • NTTドコモの5Gプレサービスは2019年9月20日に開始。当日実施された、ラグビーW杯の日本対ロシア戦のパブリックビューイング会場では、5Gを活用した多視点映像配信などが実施された

もっとも「5Gのプレサービス」と銘打ったサービスは、NTTドコモが初ではなく、ソフトバンクが既に今年7月から8月にかけ、音楽フェスティバルやスポーツイベントに合わせて実施しているものでもある。だがその内容は、商用とは異なる周波数帯を用いるなど、どちらかといえば実証実験の延長線上にあるという印象だった。

  • ソフトバンクが2019年8月22日のバスケットボール男子日本代表戦に合わせて実施した、5Gのプレサービスより。5Gを活用しVRやARを活用した新しい試合観戦の提案をしたものだが、商用とは異なる試験用の周波数帯を用いた内容であった

だがNTTドコモが実施したサービスは、2020年春開始予定の商用サービスに用いる周波数帯を用いたものであるのに加え、ラグビーW杯の会場のうち8カ所を5Gでカバー。商用サービスまで継続的にネットワークの拡大を進めていくなど、商用サービスの延長線上にあるものとなっている。実際NTTドコモ代表取締役の吉澤和弘氏は、事前の説明会でプレサービスの開始日が「料金は頂かないが、実質的に本格的な5Gを開始する日と位置付けている」と話している。

  • 5Gのプレ商用サービス開始を宣言するNTTドコモの吉澤社長。プレサービスが「実質的な5Gのサービス開始」と打ち出すなど、いち早く5Gを展開していきたい考えを示している

だが過去を振り返ってみると、4G、3Gなど過去の通信規格においては、5Gのように国内で大々的にプレサービスが実施された例はなく、準備が整った時点で、それらの通信規格を用いた商用サービスが直接スタートしている。それだけに、なぜ5Gではプレサービスを実施するのか? というのは疑問を抱く所だ。

各国の5G前倒しで“出遅れ感”の払しょくが必要に

その理由は5Gの出遅れにあるといえよう。日本では5Gの標準化が進められている最中から、既に2020年の東京五輪開催が決定していた。そこで日本では当初より、東京五輪に合わせて5Gの商用サービスを実施することを打ち出していた。

当時はそれでも5Gの標準化作業が2020年に間に合うのか? と言われるくらいの状況で、世界的に見れば商用サービス開始がかなり早い方だった。しかしながらここ1、2年のうちに、5Gに対する関心が世界的に大きく高まり、5Gの導入を急ぐ国が増えたのである。

その典型といえるのが米国だ。米国の通信事業者であるベライゾン・ワイヤレスやAT&Tは、標準化前の独自仕様を含んだ形で、5Gを用いた固定ブロードバンドの代替となるサービスを2018年より提供開始。さらに2019年4月にはベライゾン・ワイヤレスが、元々世界初の標準仕様による5Gの商用サービス提供を予定していた韓国の携帯3社から、“世界初”の座を奪うべく争いサービス開始を相次いで前倒ししたことで、話題となった。

  • 韓国の携帯3社と“世界初”の5G商用サービスを争った米国のベライゾン・ワイヤレス。同社が最初の5G端末として採用したのが、モトローラ・モビリティの「moto z」シリーズに装着して使う5G通信モジュールだ

米国だけでなく、当初は5Gへの関心が高くなかった欧州の携帯電話会社なども、5Gの商用サービスを2019年に前倒しして実施する所が増えている状況だ。そうした世界的な5Gの前倒し傾向の中にありながらも、日本では東京五輪という大義名分があるためか、5Gの商用サービス前倒しはせず、当初の予定通り2020年の商用サービス開始に向けたスケジュールが進められている。

  • ドイツテレコム(T-Mobile)も、2019年9月6日よりドイツで実施されていた「IFA 2019」に合わせて5Gの商用サービス開始をアピール。欧州などでも5Gのサービス提供が進んでいる

だがそれでは、先行する他国に5Gのネットワーク整備やその利活用で1年もの遅れを取ってしまうこととなる。実際、他国で5Gが相次いで前倒しして提供されることを受け、メディアだけでなくモバイル通信に関連する海外の事業者からも、「日本は5Gで遅れている」という声が少なからず挙がっている状況だ。

そこで日本の携帯電話各社は、5Gの商用サービス開始を前倒しはできないが、それでも世界に後れを取っていないことをアピールするため、プレサービスを実施するに至ったといえる。プレサービスは5Gの利活用を進める日本の消費者や企業に向けたものという側面だけでなく、海外に向けた情報発信という意味合いも強い訳だ。

5Gのサービス提供に向け早い時期から準備をしてきた日本では、長きにわたって多くの企業と5Gを活用したサービス開発を進めてきたことから、5Gの利活用に向けた取り組みでは今でも優位性があると感じる。だが商用サービスを開始している国々は、既に5Gの商用環境を運用し、それを多くの人が利用しているという実績と、何より“最先端を行っている”というイメージで優位性がある。それだけに、日本の携帯電話会社には、今なお商用サービスを提供できない弱みを今後どのようにキャッチアップしながら、強みとなる部分をどう世界にアピールしていけるかが求められるといえそうだ。