KDDIは2025年2月5日、高橋誠氏から、現在の取締役執行役員常務CDOである松田浩路氏に代表取締役社長CEOを交代する人事を発表した。2022年の大規模通信障害を乗り越えてネットワークの信頼を回復しながら、異業種のローソンへ経営参画するなど新しい取り組みを積極的に進めてきた高橋氏が、現在のタイミングで交代する背景には何があるのだろうか。

苦難を乗り越え好調な高橋氏の体制が大きく変わる

2024年には英OpenSignalの調査でモバイル通信のネットワークが高い評価を獲得、さらに三菱商事と共同でローソンへの経営参画を推し進めるなど、ここ最近携帯大手の中では攻めの姿勢が続いているKDDI。そのKDDIが2025年2月5日、経営に関する大きな発表をしている。

それは現在の代表取締役社長CEOである高橋誠氏から、取締役執行役員常務CDOである松田浩路氏へと社長が交代するというもの。この人事は4月1日付けで実施されるとのことだが、突然のトップ交代ということもあって大きな驚きをもたらすこととなった。

  • KDDIは2025年2月5日に、高橋氏(左)から松田氏(右)への社長交代を発表。およそ10歳の若返りが図られることとなる

    KDDIは2025年2月5日に、高橋氏(左)から松田氏(右)への社長交代を発表。およそ10歳の若返りが図られることとなる

中でも驚きがあったのは、現在KDDIの事業が好調な中でも社長交代だったことだろう。実際、同日に発表がなされたKDDIの2025年3月期第3四半期決算を見ても、売上高は前年同期比2.3%増の4兆3642億円、営業利益は前年同期比2.0%増の8646億円と、増収増益を達成している。

主力のネットワーク事業に関しても、菅義偉元首相の政権下で進められた携帯料金引き下げ要請の影響を乗り越え通信事業も回復基調にあるし、2022年に発生させた大規模通信障害に際しても、会見での高橋氏の明確な答弁が評判を呼び、その後のネットワーク品質向上につなげるなど、むしろ同社の評価を高めることにもつながっていた。

  • 高橋氏(右)は2022年に発生させた大規模通信障害時の会見で、記者の質問に真摯に応える姿勢が高い評価を得ている

それに加えて米スペースXとの提携による衛星・スマートフォンの直接通信を今春に本格提供開始すると発表するなど他社との明確な差異化も進められているし、金融や法人事業など成長領域の事業も好調。ローソンへとの連携に関しても「Pontaパス」や「povo Data Oasis」などの施策で好調な送客につながるなど、立ち上がりは上々な様子だ。

同社の過去を振り返ると、現在の取締役会長である前任の田中孝司氏から、高橋氏に社長交代したのも就任から約7年というタイミングだった。それゆえ就任からおよそ7年が経過した高橋氏から社長交代をするタイミングが近づいていたことは確かなのだが、現在の好調ぶりを見るに、いま社長交代するタイミングではないようにも感じてしまう。それにもかかわらず、KDDIが社長交代に踏み切ったのはなぜなのだろうか。

  • KDDIは前任の田中氏(左)が就任してからおよそ7年後の2018年に、高橋氏(右)へと社長交代している

AI関連企業と渡り合うにはグローバルの経験と若さが重要

その理由として高橋氏が挙げていたのが“若さ”である。松田氏は53歳と、高橋氏と比べるとおよそ10歳若返ることになるのだが、時代の変化に対応する上ではその若さが重要な意味を持つようだ。

過去を振り返るに、田中氏が社長に就任した時はフィーチャーフォンからスマートフォンへというデバイスの変化を迎えた時期、高橋が就任した時は携帯電話事業の軸がネットワークインフラからサービスに移る時期でもあった。市場のパラダイムシフトに合わせて若い社長へとバトンタッチするというのがKDDIのセオリーだったといえる。

そして現在、新たなパラダイムシフトとなっているのはやはりAIだろう。KDDIも最近ではELYZAの子会社化やシャープ堺工場跡地へのデータセンター構築に向けた基本合意書を締結するなど、モバイル通信以上にAI関連事業への積極投資が目立っている。

  • シャープ堺工場跡地へのデータセンター建設を打ち出すなど、KDDIもAI関連事業の大幅な強化へと動いており、社長交代は今後のAI事業強化を見据えたものとなるようだ

そして高橋氏は、「AI(関連企業)の人達と話をすると、みんな若い」と話している。AIは新しい技術ということもあって、それに取り組む企業も若い経営者が多い。国内外の若い経営者が運営するAI関連企業と渡り合っていくには、語学力などグローバルで通用するセンスに加え、技術や知識などの面でも若いセンスが必要と高橋氏は考えたようだ。

その点松田氏は技術畑の出身であり、なおかつ米アップルや米グーグルなどの大手IT企業との関係構築に携わってきた経験を持つ。最近ではスペースXとの提携に大きく関わり衛星通信の「Starlink」を活用した事業展開に大きく貢献しており、それら経験が買われての社長起用となったようだ。

  • 松田氏は海外IT大手企業との提携や協業にも多く関わってきた経験があり、2024年10月に沖縄で実施された「Starlink」の衛星・スマートフォン直接通信の実証実験においても、強風の中体を張って説明や実証をしていた

では松田氏の体制で、KDDIはどのような事業強化を図ることになるのだろうか。これまでの他社の傾向を見るに、社長就任までの経歴が事業にも色濃く反映される傾向が強いように感じている。

例えばソフトバンクは2021年に、現在の代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏が就任しており、技術畑の宮川氏らしくネットワークやIT技術を生かした「次世代社会インフラ」構想を打ち出すなど、営業力で成長してきた同社の事業に変化を与えている。一方でNTTドコモは2024年に前田義晃氏が代表取締役社長に就任しているが、前田氏はコンテンツやサービスの事業を長く手掛けていたこともあり、スタジアム運営やエンタテインメントの興行など、コンテンツサービス関連の事業強化に動いている。

そして松田氏も技術畑の出身ということ、そしてAI時代の変化を意識した交代ということもあって、やはりAIを主体とした技術を生かしたサービス開発に注力するものと考えられる。それに加えて松田氏は、スペースXをはじめとした海外企業とのつながりを持つだけに、海外企業の技術を積極的に取り込みつつ、国内向けにアレンジすることでサービス拡大へつなげていくなど、高橋氏の路線をある程度継承していくことになるのではないかと筆者は予想する。

ただ現時点ではまだ松田氏は社長に就任しておらず、松田氏の体制によるKDDIの方向性が見えてくるのはやや先となる。まずは4月の社長就任以降、KDDIがどのような変化を見せるのかを見守っておきたい。