スマートフォンを購入せず、SIMだけを単体で契約する「SIMのみ契約」に対してキャッシュバックする販売施策が増えているようだ。相次ぐスマートフォンの値引き規制がその背景にあることは確かだが、キャッシュバック競争は一度始まると歯止めが利かなくなるだけに、総務省が規制に動く可能性が懸念される所だ。
SIMのみ契約にも認められている利益供与
携帯電話のショップで通信サービスを契約する際は、通信に必要なSIMに加えてスマートフォンも一緒に購入しているという人が多いことだろう。一方で、携帯大手のオンライン専用プランや、オンラインでの契約が主となるMVNOのサービスなどでは、通信サービスを契約して通信に必要なSIMだけを入手し、それを手元のスマートフォンに挿入して利用するというのが一般的だ。
だがここ最近、ショップ店頭でもSIMだけを契約する「SIMのみ契約」をする人も増えているようで、その理由は“キャッシュバック”にある。実はここ最近、SIM単体で新規契約や乗り換えをした人に対してポイントなどを付与する、いわゆるキャッシュバック施策を実施する携帯ショップが増えているためだ。
スマートフォン販売に対するキャッシュバック施策は、度重なる電気通信事業法改正の末に大幅な規制がなされ、その規模は大幅に縮小している。にもかかわらず、なぜSIM単体で契約する際にキャッシュバックができるのかというと、その電気通信事業法で利益供与できることが規定されているからだ。
現在の電気通信事業法では、スマートフォンの値引き額は価格に応じて決められており、最も値引き額が低い4万4000円以下の端末の場合、最大で2万2000円までの値引きが可能となっている。だが実は、スマートフォンを購入せずにSIMだけを新規契約した場合も、顧客に対して最も低い値引き額と同じ2万2000円までの利益供与が可能とされているのだ。
それゆえ2万2000円までであれば、SIM単体で新規契約した顧客に対して堂々とキャッシュバックができるのだ。それゆえ携帯各社は、スマートフォン値引きが厳しくなったことを受けての新たな販売強化策として、番号ポータビリティで他社からSIMのみ契約でした人に対し、法で可能な上限までキャッシュバックする施策の強化に踏み切ったと考えられる。
一度競争加熱すると止められないキャッシュバック
とりわけその対象となっているのが低価格のサービス、携帯大手でいえばサブブランドが対象となる傾向が強いようだ。SIMのみ契約が一般的なMVNOやオンライン専用プランなどと価格的に直接競合する立場であることがその大きな要因といえるが、キャッシュバック施策を目当てとしたユーザーの視点で見た場合、契約するサービスの月額料金が安いほどキャッシュバックで得られる利益が大きいので、メインブランドより獲得効果が大きいことも要因としては考えられそうだ。
実際KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2024年8月2月の決算説明会で、メインブランドの「au」とサブブランドの「UQ mobile」を合わせた解約率が上昇傾向にあるが、auブランドの解約率は低水準を維持していると説明。UQ mobileの解約率が高まっているとしており、その理由として「SIM単体の契約が結構左右しているように思う」と答えている。
またソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏も、2024年8月6日の決算説明会で「SIMのみ契約して短期間で乗り換える人が一定数いる」と回答、それが解約率を押し上げている要因となっていると説明。「SIMだけ契約してインセンティブをもらって、それを半年や3ヵ月など、短期間で(乗り換えて)回る顧客が見られる」とも話しており、キャッシュバックを目当てとした乗り換え行為が、各社の解約率を押し上げているようだ。
そうした行為が楽天モバイルの契約を伸ばしているという見方もあるようで、高橋氏は「データ容量が少ない、SIM単体(契約者)の流動が少し楽天モバイルに出てるかなという感じはする」と話している。とりわけ楽天モバイルは現在、既存顧客からの紹介で契約することにより、紹介した側とされた側の双方にポイントが入るキャンペーンを実施している。SIMのみ契約でポイントを獲得した人が、紹介キャンペーンによるさらなるポイント獲得先として楽天モバイルに乗り換えている可能性も考えられそうだ。
キャッシュバックなどを目当てとして携帯電話会社を渡り歩いて契約するホッピング行為は、無論健全なものではないのでできれば止めたいというのが携帯各社の考えでもあるようだ。ただこうした競争は、仮に1社が止めたとなれば他の会社に顧客が大量に流れてしまう可能性があるだけに、一度火が付くと止めるに止められないというのも正直な所である。
ただ競争があまりに加熱してしまうと、再び総務省が動き出して法律によるキャッシュバックの禁止など、強硬的な措置を取ることにつながりかねない。そして一度法による規制が生まれてしまうと、環境に応じて柔軟に値引きを認めるといった措置が取れなくなり、それが日本の通信産業の国際競争力を落とす要因へと直結する可能性も出てきてしまう。
実際、度重なる電気通信事業法改正で進められたスマートフォンの値引き規制は、5Gの普及期に直撃したため国内の5G普及を大きく遅らせる主因となるなど、大きなマイナスの影響が生じていた。それだけにSIMのみ契約を巡るキャッシュバックの加熱も、可能であれば業界内での取り決めで何らかの対処が進み、沈静化することを望みたいのだが、うまくいくだろうか。