第19回で、「陸戦における状況認識」という話を取り上げた。それと被る部分もあるのだが、今回はその話を指揮所の立場から眺めてみることにしよう。

湾岸戦争は紙の地図で指揮していた

これは過去に何回も、あちこちで書いた記憶がある話だが。

「ハイテク兵器」が喧伝された1991年の湾岸戦争でも、陸戦についていえば、指揮所のスタイルは第2次世界大戦の頃と大差はなかった。つまり、指揮所を店開きしたら大きなテーブルを設置して、そこに地図を拡げる。そして、地図の上に透明シートあるいはトレーシング・ペーパーを重ねて、そこに指揮下の部隊や敵軍の位置などを書き込んでいく。

なぜ地図に直接書き込まないかといえば、情報保全のため。地図に重ねた透明シートやトレーシング・ペーパーに位置を書き込む方法なら、重ねる位置を正しく合わせない限り、正しい情報にならない。地図に直接書き込んだら、その地図が敵手に落ちたときに情報が筒抜けになり、惨事が起きる。

そして、指揮下の部隊あるいは上級の指揮所・司令部と連絡をとるために、電話や無線機を何台も設置する。近距離なら電話線を架設することもありそうだが、設置に手間がかかるし、店じまいして移動することになれば後片付けが面倒だ(いちいち放置していくのも問題がある)。だから、近距離ならVHF/UHFの無線通信、遠距離ならHFの無線通信が主役だろうか。

  • 湾岸戦争(1991年)における、第18空挺軍団の指揮所。まだ「テーブルと紙の地図と電話」で動いていた時代だから、コンピュータは少ししかない。壁に貼られている地図も紙だ 写真:US Army

命令や報告の伝達には時間がかかる

こんな調子だから、命令を下達するにも時間がかかる。最高司令官が「これをやれ」と命じても、それは大所高所から見た大目標だから、それを実現するためには、より細分化された具体的な命令を起案し直さなければならない。

例えば、軍司令官が「ここの街を占領しろ」と命令したら、それを受けた指揮下の軍団司令官は、指揮下のどの部隊を、どういうタイミングで、どういう風に動かすかという計画を立てて、具体的な命令書にして下達する。そして、軍団司令官は指揮下の師団や旅団に対して、師団や旅団は指揮下の連隊や大隊に対して、そしてさらに中隊や小隊に対して同じプロセスが繰り返されて、それでようやく作戦発起となる。

すると、軍司令官のレベルから最前線部隊の指揮官まで話が行き渡るのに、「何時間」ではなく「何日」もかかってしまう。ただ単に右から左に伝言するだけでなく、下りてきた命令に基づいて新たな計画立案と命令の下達が必要になれば、そういう話になってしまうのだ。

これは、最前線から報告を上げる場面も同じ。当然のことだが、個々の前線部隊は自分の目の前の状況しか見えていない。それをひとつ上の階層の指揮所に報告する。指揮所では、複数の指揮下部隊から上がってきた報告に基づいて、担当区域の状況をとりまとめて上に上げる。その繰り返しだ。これでは、いちばん上にいる司令官のところまで報告が上がるまでに、けっこうな時間がかかってしまう。

すると、実際にはもっと前進したところにいるのに、司令官が自分のところまで上がってきた報告に基づいて「どうしてこんなに進撃が遅いんだ!!!!!」と癇癪を破裂させるようなことも起きかねない。いや、実際に起きている。逆に、敵軍が予想外に早く進撃しているときに、その状況の把握が遅れると、対応が遅れて主導権を奪われる。

単なる「右から左」ではない故、命令の下達に時間がかかるのは致し方ない部分はある。しかし、戦況報告を上げるのに時間がかかれば、それは指揮官の状況認識を妨げて、結果として間違った意思決定につながる危険性を内包している。これを迅速化する手立てはないものか。

一元的なネットワーク化が必須

すると、「指揮下の部隊の位置や動向」「偵察隊や各種のISR(Intelligence Surveillance and Reconnaissance)資産、あるいは指揮下の部隊からの報告によって得られた、敵軍の位置や動向」といった情報の収集・管理・表示をコンピュータ化する必要がある。ただしそれだけでなく、報告を上げたり命令を下達したりする機能、そして意思決定支援の機能についても情報通信技術を活用できないか、という話になる。

それが一挙に進んできたのが、ここ四半世紀ほどの話である。地図がコンピュータ画面に変わり、指揮統制の作業、あるいは意思決定を支援してくれるコンピュータが導入された。それは専用のハードとソフトを使用するものだけではない。本連載で何回も取り上げているシステマティック社の「SitaWare」シリーズみたいに、汎用的な市販パッケージ・ソフトの形をとるものまで出てきている。

  • 指揮所がコンピュータ化されると、こうなる。大画面のディスプレイに地図を表示して、そこに彼我の部隊(ユニット)を示す標識が描かれている様子が分かる 写真:US Army

それに加えて、状況認識の手段も進化した。その典型例が、第19回でも取り上げた、友軍の位置をリアルタイムで知らせてくれるBFT(Blue Force Tracking)である。この場合の “Blue“ とは友軍のことだ。GPS(Global Positioning System)をはじめとするGNSS(Global Navigation Satellite System)システムの整備が進み、端末機の方も小型で安価な製品が普及した。それを無線機に接続することで、リアルタイムの現在位置レポートが可能になる。その情報を取りまとめるのがBFTであり、指揮管制システムがBFTのデータをとりまとめることで、指揮下にある全部隊の位置をリアルタイムで把握できる。

さらに、上空に無人機を飛ばして動画を送らせれば、現場の "実況中継" が可能になる。これも状況認識を改善する要素のひとつ。それを実現する受信機としては、ROVER(Remotely Operated Video Enhanced Receiver)などが知られている。動画データを無線で受けて表示できればよいから、専用のハードウェアを用意する代わりに、ラップトップに所要の通信機とソフトウェアを組み合わせても、用は足りる。

実のところ、BFTやROVERだけあっても、地図の代わりを務めるコンピュータだけあっても不十分。状況把握の手段と、情報管理・意思決定支援の手段と、両方が揃って初めて「陸戦指揮の革新」を実現できる。BFTから上がってきた位置情報をグリース・ペンシルで、地図に重ねたトレーシング・ペーパーの上に書き込んでいたら、それはコントである。

なお、こうした情報化で重要なのは、特定の兵科だけ情報化・ネットワーク化して喜んでいてはいけないということ。現代の陸戦は諸兵科連合で動くのだから、歩兵も砲兵も機甲科(戦車)も、みんな同じネットワークにつないで一元的な指揮統制を実現しなければならない。さらに他の軍種まで取り込んでネットワーク化すれば、例えば航空支援を要請するプロセスを効率化できる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。