前回、ロッキード・マーティンのU-2偵察機でオープンソースのコンテナ・オーケストレーション・システム「Kubernetes」を用いた実証試験を取り上げた。この時は、U-2の機上におけるコンピュータ・リソースの有効活用に主眼を置いていたが、この実証試験にはもっと大きい構想がある。
機上ノードと地上ノード
ロッキード・マーティンのU-2偵察機には、米空軍が規定するOMS(Open Mission System)仕様に対応したデータリンク・ゲートウェイの機能が搭載されている。これにより、機上のコンピュータが地上のノードと通信できるようになる。
飛行機でも艦艇でも、ひとつのプラットフォームの中で「分散処理」を行う場合、プラットフォーム上にネットワークを構築して、複数のコンピュータを接続、そこで処理を分散させる。オフィスの情報システムにおける分散処理と似たところがある。
これだけなら、特段、珍しいものではなくなっている。イージス・システムを筆頭に、さまざまなところで分散処理環境が使われている。軍用コンピュータのCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化で、こうした流れが加速したといえるかもしれない。
そこでさらに、プラットフォーム同士をネットワーク化する。これだけなら、やはり珍しいものではない。例えば、探知・捕捉した目標情報をネットワーク経由で共有したり、友軍の位置情報をネットワーク経由で共有したりしている。ただしこれは、処理済みのデータだけを流して共有する形といえる。
では、さらに考え方を進めて、データ処理を他のプラットフォームで動作するコンピュータに投げる形態はあり得るだろうか? 例えば、パッシブ・ソナーが聴知したデータを別のプラットフォームで動作するコンピュータに投げて、そちらで処理や解析をやってもらうような。
どこかで聞いたような話で、なんのことはない、クラウドサービスの利用と似たところがある。ネットワークに接続されたさまざまなノードの上で、それぞれ異なる機能を持つソフトウェアが走っている。そこに、別のノードから生のデータが飛んできたら、しかるべき処理を行い、結果だけを送り返す。
すると、「プラットフォーム内のネットワーク」がさらに「プラットフォーム同士のネットワーク」でつながるわけで、Network of Networksとはそういう意味である。U-2の実証試験は、このNetwork of Networksまで視野に入れたものであったらしい。
GA-ASIがUAVで対潜戦の試験を実施
ちょうど、Network of Networksを地で行くような実証試験の話があった。ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)が2020年11月にカリフォルニア州沖の洋上で実施した、対潜戦の実証試験がそれだ。
使用した機体は、昨年に八戸で実証飛行を実施したシーガーディアンと同系の、MQ-9Aブロック5。それの翼下兵装パイロンに、ソノブイ投射システム(SDS : Sonobuoy Dispenser System)と称する発射機を取り付けた。ひとつのSDSに10本のソノブイを収容できる。
海面上に投下したソノブイは、海中にソナーを展開する。パッシブ・ソノブイなら、聴知したデータを無線で送信する。探信ソノブイなら、音波を発振して、それの反射波が戻ってきたらデータを無線で送信する。また、機上からの指令を受けて探信を実施するソノブイもある。件の実証試験で使用したソノブイは以下の通り。
- AN/SSQ-53G DIFAR-AN (Directional Frequency Analysis and Recording)×7 (指向性を備えたパッシブ・ソノブイ)
- AN/SSQ-62F DICASS-AN (Directional Command Activated Sonobuoy System)×2 (指令を受けて動作する探信ソノブイ)
- AN/SSQ-36B BT (Bathythermograph)×1 (海水温度測定用)
P-3CやP-8Aみたいな固定翼哨戒機でも、SH-60BやMH-60Rみたいな哨戒ヘリコプターでも、普通、ソノブイ・シューターと音響情報処理装置はワンセットで持っている。そして、自機が投下したソノブイから上がってくるデータを、自機の音響情報処理装置で処理する。
ところが今回の実証試験では、MQ-9Aはソノブイを投下してデータを受け取るだけだ。受け取ったデータは機上で処理するのではなく、衛星通信を介して、アリゾナ州のユマにあるオペレーション施設に送ってしまう。そこではゼネラル・ダイナミクス・ミッション・システムズ・カナダ製のソノブイ音響情報処理装置「UYS-505」が稼働していて、データ処理を担当する。
つまりこれは、APaaS(Acoustic Processing as a Service)である。なお、この言葉は筆者がこの原稿を書きながらでっち上げたものなので、「そんな言葉は聞いたことがない」というクレームは御勘弁いただきたい。
ユマはアリゾナ州といっても南西の端っこ、カリフォルニアに隣接する場所だ。そこから仮にサンディエゴの沖合までとしても、300kmかそこらの距離はある。そんな離れたところでデータ処理をやっていたわけだ。東京で拾ったデータを名古屋で処理するようなものだ。
問題はネットワークの信頼性
ネットワークを介して、別の場所で処理してもらうような形になると、当然ながらネットワークの信頼性と抗堪性が問題になる。民間レベルで使用しているオンライン・サービスでも、ネットワークのトラブルに巻き込まれることはあるだろう。
ましてや、敵軍が傍受や妨害を仕掛けてくる可能性が高い軍用ネットワークだ。簡単に切れたり落ちたり能力が低下したりするようでは困るし、不正侵入やデータの漏洩など「もってのほか」である。その、高い抗堪性と信頼性を備えたネットワークがあって初めて、Network of Networksは実用的なものになる。といえるのではないか。
ただ、それに備えてさまざまな実証試験を行い、Network of Networksが絵空事なのか、それとも実用的なモノになり得るのかを把握しておくことは重要だろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。