宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月14日、種子島宇宙センターにおいて、開発中の大型ロケットエンジン「LE-9」を報道向けに公開した。LE-9は、2020年度に試験機が打ち上げられる予定の新型基幹ロケット「H3」の第1段エンジンである。LE-9はどんなエンジンなのか。記者説明会での内容も踏まえながら、詳しく解説していこう。
なお、本連載ではLE-9のみに注目し、H3ロケットについての説明は省略する。H3ロケットついては、過去記事(H3ロケットの基本設計が完了 - 今年度中にLE-9エンジンの燃焼試験を実施へ)が詳しいので参照して欲しい。
液体エンジンの4つの仕組み
LE-9エンジンの最大の特徴は、「エキスパンダーブリード」と呼ばれる方式を採用していることだ。この方式を大型ロケットの第1段エンジンに適用するのは、世界でもLE-9が初めて。まずは、この点から説明しておく必要があるだろう。
大型の液体ロケットエンジンでは、ターボポンプを使って推進剤(燃料と酸化剤)をそれぞれ加圧し、高温・高圧の燃焼室に流し込んでいる。ここで、ターボポンプのタービンを駆動する仕組み(サイクル)の違いにより、ロケットエンジンは以下のように大きく4種類に分けることができる。
タービン駆動後の処理方式 | |||
---|---|---|---|
クローズド | オープン | ||
タービン駆動ガスの発生方式 | 副燃焼室あり | 2段燃焼 | ガスジェネレータ |
副燃焼室なし | フルエキスパンダー | エキスパンダーブリード |
上下の違いは、タービンを駆動するためのガスをどうやって作るか、の差だ。上段は、小型の副燃焼室を用意して、そこで燃焼ガスを発生させるというもの。タービンパワーを自由に設定できるので、エンジンを大型化しやすい。一方、下段は副燃焼室は使わないので、燃焼室で発生する熱を利用し、燃料を気化させる必要がある。
左右の違いは、タービンを駆動したあとのガスの処理方法の差である。左列は、再び燃焼室に戻して、推進剤として利用するもの。無駄が無いので、エンジンの燃費(比推力)を上げることができる。一方、右列の方式では、そのまま排気する。捨てた分はエンジンの推力に貢献しないため、比推力はやや悪くなる。
最高の比推力を得られるのは左上の2段燃焼サイクルである。日本は、初の全段国産化に挑んだH-IIロケットの「LE-7」エンジンでこの技術を獲得。その技術は、現行のH-IIA/Bロケットの「LE-7A」にも引き継がれている。
しかし2段燃焼は最高性能を得られる反面、仕組みが複雑で開発が難しいという問題がある。LE-7は燃焼試験中に爆発事故を起こすなどし、開発が難航。ロケットの完成が遅れる大きな原因となった。
本質安全なエンジンとは?
ではエキスパンダーブリードはどうだろう。さきほどの表で見ると、2段燃焼とはちょうど真逆に位置する。これだけ見ると、比推力が悪く、大型化しにくいだけのように思えるが、それを補うだけの大きなメリットが存在する。それは、仕組みがシンプルなため、低コスト化が可能で、安全性も高いということだ。
シンプルさは、下図左上のフローを見ると分かりやすいだろう。副燃焼室がある上段のサイクルに比べ、下段は矢印の数が少ない。エキスパンダーブリードにすることで、部品点数は2割ほど削減できるという。シンプルであれば、それだけ低コスト化に向いている。
そしてもう1つ注目して欲しいのは、図中の赤色の矢印だ。これは副燃焼室(プリバーナ/ガスジェネレータ)で発生した高温・高圧ガスの流れを表しているが、下段のサイクルにはこれが無い。LE-9の開発を担当している小林悌宇・H3ファンクションマネージャは、これを「非常に厄介なもの」と述べる。
LE-7もLE-9も、燃料は水素(H2)、酸化剤は酸素(O2)を利用している。燃焼時の化学式は
2H2+O2→2H2O
だから、水素分子が2つと酸素分子が1つのときに完全燃焼になる。水素と酸素の質量比である混合比は、このとき8程度だ。
推力を発生させる燃焼室では、これに近い混合比で推進剤を完全燃焼させるのだが、このとき到達する温度は最高3,500Kにもなる。こんな高温だとタービンが融けてしまうため、LE-7のプリバーナでは、混合比を1以下(=酸素が少ない状態)まで下げ、あえて不完全燃焼にすることで、燃焼ガスの温度を下げている。許容できる上限は900Kだ。
しかし、燃料漏れなどにより混合比が少しでも上がってしまうと、急激に温度が上昇。タービンを破壊した結果、最悪の場合、ロケットは爆発してしまう。もちろん、LE-7Aは実際のフライトでは100%成功しており、高い信頼性を実現しているのだが、そういう危険性を内包しているわけだ。
一方、エキスパンダーブリードの場合だと、漏洩が起きたとしても、急激に温度が上がることはない。爆発のような致命的な事故につながらないので、異常を検知してから、安全に停止するだけの時間的な余裕がある。エキスパンダーブリードが「本質安全」と言われるのはそのためだ。
(次回は11月27日に掲載予定です)