書体づくりで大切なこと

デジタルフォントメーカー・イワタエンジニアリング(現イワタ/以下、イワタ)の知人に新書体の仮名の監修を頼まれた橋本和夫さんは、同社のフォント制作部門である山形事業部で、書体づくりのレクチャーを行なうことになった。山形事業部ではそれまで、既存の金属活字書体をデジタルフォント化する復刻作業を行なっており、新しい書体を制作した経験がなかったのだ。

1998年11月に山形事業部を訪ねた橋本さんは、15人のスタッフを前に、まず「書体とはなんぞや」「書体づくりにおいて、どのようなことがポイントになるのか」ということを話した。

「書体とはなんぞや。それは、文字の骨格に一定の様式で装飾をしたものです。明朝体やゴシック体、丸ゴシック体などさまざまな書体がありますが、どの様式だとしても、文字には一本の線で表現できる骨格がある。同じ骨格でも、そこにどのような装飾をするか……、つまり、どのような肉づけをするかによって、明朝体でもゴシック体でも、どんな書体にもなるのです」

また、書体をつくるうえでは、「字の形の取り方」と「線の太さ」によって書体デザインが大きく変わることを説明した。

「字の形の取り方とは、つまりフトコロの広さです。フトコロとは、文字の中の線に囲まれた空間のこと。フトコロを狭く締めた描き方と、広くとった描き方がある。その書体のフトコロは一体どの広さかということによって、まず書体の表情が決まります」

  • フトコロとは、上図の赤い部分のように、画線に囲まれた空間を指す。「東」のような文字の場合、単に画線に囲まれた空間の広さだけでなく、空間を囲む図形そのものの広さも指している(たとえば上のイワタ新ゴシック体と中ゴシック体の場合、単に画線に囲まれた空間というよりは、空間を囲む図形そのもの=「田」の部分が、中ゴシック体のほうが締まっている。このような場合、新ゴシック体は「フトコロが広い」、中ゴシック体は「フトコロがせまい」と言われる)

「それから線の太さ、これが一番むずかしい。たとえば、1文字の枠のなかに線を1本引いたときに5mmだったからといって、2本のときにはその半分の2.5mmにするのかというと、そうではなくて、やはりどちらの線も5mmにする。でも線が3本入る場合は、両端は5mmで真ん中は4.5mmというように、太さを変える必要があります。3本とも5mmにしてしまうと、真ん中の5mmの線が太く見えてしまうんです」

  • 同じ太さの横線を3本引くと、左の図のように真ん中の線が太く見える(錯視)。見た目の太さをそろえるには、右図のように、真ん中の線を若干細くする必要がある

「そうやって、実際の太さや線の間隔を調整することによって、見た目の黒さを均一にしなくてはなりません。文字には、『一』『九』のように画数が少ないものから『鬱』のようにすごく多いものもあるし、『豊』のように横線が7本もあるものから『二』のように2本で終わってしまうものもある。それを均一な黒さに見せることが、書体制作において大切なポイントとなります。文字というのは、1つ1つが固有の形を持っているんです。その固有の形が、どこでどんな文字と連なってもそれほど違和感のないようにすることが大事です。そのためには、ハライやハネといった文字のエレメントに統一性が必要となります」

これらのことは書体デザインに取り組むうえでの基本だと橋本さんは言う。

「極端にいえば、『が』『ば』といった仮名の濁点の打ち方から説明したというぐらいに、一字一字をつくる際に留意すべきことを説明していきました。以降は山形が制作した文字をアウトラインの状態で出力した紙が届いて、それに赤字を入れては戻したんですが、それだけだと伝わりきらない。なので、2、3カ月に一度は山形事業部に足を運び、修正点を直接指導しながら進めました。もともとは仮名の監修だけという話でしたが、結局、仮名の原字はぼくが描き直し、漢字もぼくの監修のもと、ほぼつくり直しました」

こだわった3文字の仮名

漢字は数が多いため、本来であれば篇や旁の部首別で分類するなどして、効率よく制作を進められるようにするが、新ゴシック体の場合、当初はすべての漢字を直す予定ではなかったため、JISコードの順番につくっていった。

「山形事業部のスタッフがつくる漢字は、最初は『作字風』の文字でした。偏と旁を組み合わせただけで、文字としての一体感がなく、ひとつの文字に見えない。それをひとつの文字に見せようと思うと、そもそも最初からその字を直さなくてはならないんです。赤字のやりとりを何回繰り返したかわかりません」

こうして橋本さんとイワタ山形事業部は、1998年9月から1999年7月までの約1年をかけて、最初のウエイト「新ゴシック体B」を完成させた。

  • イワタ新ゴシック体B

完成した新ゴシック体は、漢字・仮名ともに天地左右を広くとり、均整のとれたデザインが特徴。縦と横のどちらで組んでもきれいにラインがそろい、バランスのとれた美しい組版を実現する書体だ。起筆にはわずかにアクセントをつけた。

  • 「新ゴシック体では始筆部分にわずかなアクセントをつけた」と説明する橋本さん

「イワタが金属活字時代から持っていたゴシック体は、個性の強いものでした。新ゴシック体はそうした突出した個性のない、平易に見える書体にしたいと思い、組版したときに文字の大小のばらつきがない文字を目指しました。留意した仮名は、たとえばカタカナの『ハ』です。右側(2画目)を反らせ、はらっている書体もあるのですが、それだと漢字の『八(はち)』と見分けがつきにくくなる。だから新ゴシック体ではハライではなくトメにしています。ひらがなの『な』『き』は、既存のイワタ太ゴシック体では個性的な形をしていたのですが、新ゴシック体では特別な形にせず、文字のもつ固有の形を大切に、その文字らしいデザインにしました。仮名を描くときに特に気をつけたのはその3文字でした」

  • いろいろなゴシック体のカタカナの「ハ」、ひらがなの「な」「き」

新ゴシック体のファミリー展開

最初につくられた「B」というウエイトは、見出しなどに適した少し太めの、いわゆる「太ゴシック」である。ここから、細いウエイトと太いウエイトを増やしていくファミリー化の作業が行われた。まずBから一段階細いMを、次にBから一段階太いEを制作……というように、少しずつ細くしたり、太くしたりしてファミリーがつくられていった。

  • 新ゴシック体のウエイト制作順。ファミリーは、一番最初に制作したウエイトBをもとに、細いウエイト、太いウエイトがそれぞれつくられていった

核となるウエイト(この場合はB)があり、そこから細くする、太くする作業は、コンピューターを用いて制作するデジタルフォントの場合、簡単にできそうなイメージがある。しかし実際は、一度は自動で全文字の太さを変えることができても、その後ほぼすべての文字を修正しなくてはならないのだという。

「写研時代は原字はすべて手描きでしたから、コンピューターで自動的に太さを変えるのは、ぼくも初めての経験でした。やってみてわかったのは、一律で太くしたり細くしたりすると、それぞれのウエイトのウィークポイントが現れるということです」

  • 自動的に一律で線の太さを変えても、違うウエイトの文字は完成しない。上段は新ゴシック体の実際のファミリー。Bを元に、細めてM、太めてEがつくられた。下段は「自動的に一律で線の太さを変えた文字」を筆者がシミュレーションしたもの。新ゴシック体Bと比べて空間が広すぎたり、せますぎてつぶれたりして、書体の印象が変わってしまう。実際の新ゴシック体M、Eは、「見た目の印象が同じになるように」調整が加えられていることがわかる

ウエイトを変えると、なぜウィークポイントができるのだろうか。

「文字の画線の太さを一律で変えると、細い文字は空間が広くなって間が抜けてしまい、太い文字は空間がつぶれてしまいます。空間が広くなると、まわりの輪郭の大きさが変わらなくてもフトコロがせまく見えるし、空間がせまくなるとフトコロは広がって見える。そうすると、書体の印象がウエイトごとに違ってしまい、ファミリーに見えなくなるんです。それぞれの太さに対応した文字の太さや、画線の隙間がある。そのため、各ウエイトで最初にまず数文字でテストし、適切な最小間隔を計算して数値を決め、表にしました」

数値を設定し、それに則って進められるようにする。それが、監修者の橋本さんの仕事のひとつだった。

「デザインというと文字の形なので、感覚でつくっていると思われるかもしれません。しかしフォントには、工業製品の側面がある。だから数値を明確に定めることが必要なんです」

それぞれのウエイトごとに、注意点も伝えた。たとえば、BからMを制作する(一段階細くする)場合には、「文字の中の一番太い線幅に合わせて太くする」「空間の密度を詰める」「画線の先端部の切り口(角度に注意)」、BからEをつくる場合には「文字の中の一番太い線幅に合わせて太くする」「画線の先端部の切り口(角度に注意)」に加え、「まわりの輪郭を残して、中で隙間をつくる」というコメントが添えられている。

「時間はかかりましたが、これによって新書体の制作からウエイト展開まで一通りを経験した。山形事業部の人たちは、この経験を通して自信がついたのではないかと思います」

橋本さんとイワタ山形事業部は、Bの制作を始めた1998年9月から2005年6月までの約7年間をかけて、新ゴシック体全7ウエイトのファミリーを完成させた。

  • イワタ新ゴシック体ファミリー

なお、新ゴシック体には2013年、5つの仮名バリエーションが制作された。橋本さんが発案し、デザインしたものだ。

「仮名を変えるだけで、書体の表情は大きく変わります。仮名だけであれば文字数も少ないから、バリエーションも増やしやすい。数が増えることで、見本帳もにぎやかになるし、新ゴシック体が使用される範囲がさらに広がるきっかけになればいいなと思ったんです」

  • イワタ新ゴシック体のかなバリエーション。上段左から、かなA、かなB、かなC、下段左から、かなD、かなE

「書体メーカーは、書体というデザインの素材を提供する役割を担っています。素材が豊富であればあるほど、使う人はいろいろなものをつくりやすい。だから、できるだけたくさんの素材を用意したいと思っているんです」

新ゴシック体のもともとの仮名がニュートラルな表情であるのに対し、仮名バリエーションはいずれも個性派ぞろい。橋本さんの遊び心が垣間見えるようだ。

(つづく)

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。次回は5月5日AM10時に掲載予定です。