米宇宙企業スペースXは2018年2月7日、世界最強の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の初打ち上げに成功した。この超大型ロケットで、スペースXは、そしてマスク氏は、いったいなにをしようとしているのだろうか。

連載の第1回では、ファルコン・ヘヴィの特徴や性能、そして開発の顛末について解説した。

第2回では、生中継を通じて世界的に大きな話題となった、ロケットの"ユニゾン着陸"と、宇宙を走るスポーツカーについて、そんな冗談のようなことが実現した背景と、その理由について解説する。

  • 地球を背景に宇宙を駆けるテスラ・ロードスター

    地球を背景に宇宙を駆けるテスラ・ロードスター (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィ、発進

かくして開発されたファルコン・ヘヴィは、2017年12月28日に、フロリダ州にあるケネディ宇宙センターの第39A発射台に立てる試験が行われた。

この発射台は、かつてスペースシャトルが何度も飛び立ち、さらにさかのぼるとアポロ計画で「サターンV」ロケットが旅立った場所でもある。その場所に、スペースシャトル以来となる巨大な再使用ロケットにして、サターンV以来となる人間を月まで飛ばせるロケットが立った。

スペースXは1月中をかけて、打ち上げに向けた試験を繰り返し行い、24日には27基のロケットエンジンに点火し、数秒間噴射する試験にも成功した。

だが、打ち上げが間近に迫っても、マスク氏は「打ち上げが失敗する可能性も十分あります」、「成功する確率は良くて3分の2、あるいは半分ほどかも」、「発射台で爆発するかも」と漏らすなど、打ち上げ直前までやや弱気なまま、よく言えば冷静さを保ったままだった。

そして日本時間2018年2月7日5時45分(米東部標準時6日15時45分)、ファルコン・ヘヴィは発射台を飛び立った。マスク氏の予想に反して、ロケットはきれいに発射台をあとにした。

ちなみにこのとき、マスク氏は管制室で打ち上げを見守っていたものの、発射台を飛び立ったあと「信じられない」という表情になり、いてもたってもいられなくなったのか外へ飛び出し、上昇するファルコン・ヘヴィで目で追いかけている。

マスク氏をはじめ大勢の人々が見守る中、ファルコン・ヘヴィは何事もなく飛び続けた。

  • ファルコン・ヘヴィの打ち上げ

    ファルコン・ヘヴィの打ち上げ (C) SpaceX

ユニゾン・ランディング

そして約2分30秒後、2機のブースターが燃焼を終え、分離された。ほぼ同時に分離された2機のブースターは、まるでユニゾンするかのように、まったく同じ動きをしながら飛行し、発射場に程近いところに設けられた着陸場に向けて飛行し、そしてほぼ同時に着陸した(実際には、レーダーの干渉を避けるため、着陸のタイミングなどは少しずらされていた)。

その光景はYouTubeを通して全世界に生中継され、Twitterなどは「まるでCGかSF映画を見ているかのようだ」という声で沸き立った。

これこそが、ファルコン・ヘヴィの、そしてスペースXの真骨頂である。

第1回で触れたように、ファルコン・ヘヴィは既存のファルコン9を3機合体させるようにして造ることで、超大型ロケットながら、きわめて安価な打ち上げコストを実現している。

ファルコン9は機体を着陸させ、回収し、再使用することで、大幅なコストダウンも可能にしている。そして、そのファルコン9を使うファルコン・ヘヴィもまた、ブースターも中央のセンター・コアも、再使用ができるようになっており、それによりコストダウンと、安価な打ち上げ価格を実現しているのである。ちなみに打ち上げによっては回収しない(できない)こともあるが、ファルコン9の機体はもともとの製造コストも安いので、使い捨てでも十分に安く抑えられる。

ちなみにセンター・コアも分離後、回収のため、大西洋上に待機していたドローン船「もちろんいまもきみを愛している」号に降りることを目指していたが、エンジンに点火するための点火剤が空になってしまったことから、失敗。海上に墜落したという。

もっとも、改良は簡単とされ、またこれまでも船での回収には何度も成功していることから、深刻な問題ではないようで、次の打ち上げでは成功する可能性が高い。

  • ほぼ同時に着陸した、ファルコン・ヘヴィのブースターたち

    ほぼ同時に着陸した、ファルコン・ヘヴィのブースターたち (C) SpaceX

宇宙を走るテスラ・ロードスター

ブースターとセンター・コアが着陸する一方で、第2段機体は順調に飛行を続け、やがて宇宙空間に到達。先端の衛星フェアリングが割れ、中から赤いテスラ・ロードスターと、それに乗る宇宙服を着たマネキン人形が現れた。

この模様も生中継され、青い地球と漆黒の宇宙を背景に飛び続ける真っ赤なスポーツカーという冗談のような映像に、世界中が沸き立った。この映像の衝撃は大きく、YouTubeによると視聴者数は最大230万人にも達し、これは歴代2位の記録だったという(ちなみに1位はレッド・ブル・ストラトスの中継)。

さらにスペースXは、BGMとしてデヴィット・ボウイの名曲『Life on Mars?』を流すという、ニクい演出をした。ちなみにマネキン人形の名前も「Starman」と、これまたデヴィット・ボウイの名曲から取られている。

第2段はその後、地球の重力を振り切り、太陽を周回する軌道に乗った。もちろん先端のテスラ・ロードスターとStarmanも一緒にである。

ちなみにマスク氏やスペースXは当初、「火星軌道に接する太陽周回軌道に飛ばす」と言っていたが、実際には第2段の能力が有り余っていたようで、さらに遠くの、火星と木星との間にある小惑星帯(アステロイド・ベルト)にまで達する軌道に乗ることになった。

  • 宇宙を飛ぶテスラ・ロードスターと、それに乗ったマネキン人形のStarman

    宇宙を飛ぶテスラ・ロードスターと、それに乗ったマネキン人形のStarman (C) SpaceX

この冗談のような打ち上げと、そしてその生中継が実現した背景には、ある技術的な挑戦があった。

テスラ・ロードスターを太陽周回軌道に乗せるため、ファルコン・ヘヴィの第2段はまず、1回目の噴射で地球を回る軌道に乗り、続いて2回目の噴射で最大高度を7000kmまで上げ、さらにその約5時間後に3回目の噴射を行った。

このように、ロケットエンジンを何回も噴射することは難しく、一筋縄ではいかない。また、長時間飛行すると、推進剤が凍ったり、電子機器が壊れたりといったリスクもある。とくに今回、飛行時間は5時間以上にも達し、その途中では、ヴァン・アレン帯と呼ばれる、電子機器が損傷しやすい、強い放射線が飛び交う領域も通過している。

テスラ・ロードスターを小惑星帯にまで飛ぶ軌道に乗せ、その間に美しい映像をこともなげに送り続けてきた背景には、そんなハードルと、そしてそれを乗り越えるための技術開発があったのである。

  • 宇宙を飛ぶテスラ・ロードスターから送られてきた、最後の写真。遠ざかる地球が見える

    宇宙を飛ぶテスラ・ロードスターから送られてきた、最後の写真。遠ざかる地球が見える (C) SpaceX

なぜ、テスラ・ロードスターが宇宙を走ったのか?

ただ、スペースXはなにも、テスラ・ロードスターを飛ばすためだけに、わざわざこの技術を開発したのではない。じつはこの技術は、通常の衛星の打ち上げでも大いに役立つことから、その技術実証という意味合いもあった。

通信衛星の多くや一部の軍事衛星などは、「静止軌道」という軌道に打ち上げられる。静止軌道は赤道上空の高度約3万5800kmにある真円の軌道で、衛星は地球の自転とほぼ同期して動き、地球から衛星、あるいは衛星から地球を見ると相手が静止しているように見えることから、こう呼ばれている。

この静止軌道に向けて衛星を打ち上げる際、多くのロケットでは能力の限界から、直接投入することができない。そのため、その一歩手前の「静止トランスファー軌道」という軌道に投入する。

静止トランスファー軌道は楕円の形をしており、その中で地球から最も遠い位置が静止軌道に接しているような軌道のことをいう。ロケットから分離された衛星は、その静止軌道に接しているところで自身がもつロケットエンジンを噴射し、静止軌道に乗り移るというのが、一般的な打ち上げ方法になっている。

しかし今回、ファルコン・ヘヴィが実証した、第2段の長時間の飛行と、何回でもエンジンの噴射ができる能力を使えば、静止トランスファー軌道から静止軌道に乗り移るための噴射を、ロケット側で行うことできる。つまり衛星を直接、静止軌道に投入することが可能になる。

  • 静止トランスファー軌道(緑)から静止軌道(赤)に乗り移るには、黒い丸のところでロケットを噴射する

    静止トランスファー軌道(緑)から静止軌道(赤)に乗り移るには、黒い丸のところでロケットを噴射する。これまでは衛星側が行うことが多かったが、ファルコン・ヘヴィはここまで飛び続け、そしてそのままエンジンを再点火し、静止軌道に乗り移ることが可能となる (縮尺、形状、行程などは正確ではない)

その結果、衛星側の負担は大きく減り、燃料の搭載量を減らしたり、その分搭載機器を増やしたり、あるいは運用期間を延長したりといったことが可能となる。それと引き換えに、ロケットの打ち上げ能力は落ち、また打ち上げ費用は若干割高になるだろうが、そもそもファルコン・ヘヴィの打ち上げ能力は規格外の大きさだし、価格も安いので、それでも使いたいという衛星会社は多いだろう。

また、米国の軍事衛星のうち、静止軌道に投入される早期警戒衛星や、通信や信号を傍受する衛星などの一部は、ロケットによって静止軌道に直接運ばれることを前提した造りになっている。

従来、そうした衛星の打ち上げは、第1回でも触れた、これまで"世界最強ロケット"のタイトル・ホルダーだった「デルタIVヘヴィ」が担ってきた。じつはデルタIVヘヴィの第2段にも静止軌道への直接投入能力がある。その大きな打ち上げ能力と、第2段がもつこの稀有な能力によって、デルタIVヘヴィと、それを運用するユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)が、超大型の軍事衛星の打ち上げを独占していたのである。

しかしファルコン・ヘヴィは、デルタIVヘヴィより打ち上げ能力が大きく、価格も安く、そして同じ静止衛星への直接投入能力をもつ。これにより独占が崩れ、逆にファルコン・ヘヴィが独占することになるかもしれない。

  • 従来、静止軌道に直接投入するような軍事衛星の打ち上げは、これまで

    従来、静止軌道に直接投入するような軍事衛星の打ち上げは、これまで"世界最強ロケット"のタイトル・ホルダーにして、静止軌道への直接投入能力をもつ「デルタIVヘヴィ」が一挙に引き受けていた。だが、ファルコン・ヘヴィの登場によって、その独占が崩れるかもしれない (C) ULA

(次回に続く)

参考

Falcon Heavy | SpaceX
Falcon Heavy Demonstration Mission
Falcon Heavy Test Launch | SpaceX
SpaceX successfully debuts Falcon Heavy in demonstration launch from KSC - NASASpaceFlight.com
SpaceX debuts world’s most powerful rocket, sends Tesla into solar system - Spaceflight Now

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info