ステンレスは、錆びない(ステン・レス)という言葉です。文字通り、いつまでもキラキラと金属光沢を見せるステンレス。でも実は、ステンレスは、常に錆びているんだそうです。なんだそりゃ。今回は、ステンレスについてちょっと語っちゃいます。
ステンレスは、ステンレス・スチールということもある、鉄を中心とした合金の一種です。もちろん、人間が作らないとこの世に存在しません。ステンレスの特徴は名前の通り、錆びがうかず金属光沢が失われないことです。色々な組み合わせがステンレスになるので、200種類ほどが作られてきました。主に鉄にクロムやニッケル、マンガン、モリブテン、ニオブ、炭素などを混ぜてつくります。
なかでも有名なのは、食器によく使われる18-8ステンレス。鉄に18%のクロムと8%ニッケルをまぜたものですな。ニッケルはkgあたり1500円くらい、クロムはkgあたり400円くらいと、ニッケルの方がだいぶ高いので、18-0や13-0といったステンレスにくらべて、18-8ステンレスは高級ステンレスでございます。
で、ステンレスの特徴といえば、まずいつまでも美しい金属光沢を保つことです。最近はステンレスだらけになって鉄が錆びるというのを忘れがちですが、あの赤さびなどが浮かないわけでございますな。また、鉄と違って磁石につかないこともあげられます。手すりやレンジフードなどによく使われる18クロムステンレスのように磁石につくステンレスもあるので、ステンレス全部の特徴ってわけじゃないんですけどね。
ところで、このステンレスですが「紀元前の古代インドで発明された」「100年前イギリスで発明された」ものです。どっちやねん。
まずは、インドからですが、これはウーツ鋼、あるいはダマスカス鋼といわれるものです。紀元前のインドには、鉄鋼製造の技術があり、そのなかで、錆びない鉄が作られたというんですね。作り方は、鉄鉱石を生木と一緒にるつぼで高温にしてとかし、割り出した固まりを取り出すというものです。え? それだけ? 現在のステンレスに使われる、クロムなどは添加しません。
にもかかわらず錆びない。それはなぜなのか? 実はなんだかよくわかっていないようなんですな。使っていた鉄鉱石に含まれる不純物が、うまく作用したからではないかということになっているようです。ちなみに生産は18世紀には止まっており、技術も失われてしまっています。失われた技術、ロスト・テクノロジー! おお、なんか違う世界に行きそうでございます。
このウーツ鋼は、炭素が多くふくまれているため固く、刃物にするとよく切れたのだそうです。インドから各国に輸出されましたが、シリアのダマスカスで加工された刃物が「ダマスカス刀」として有名になり、ヨーロッパにももたらされ、ダマスク鋼、あるいはダマスカス鋼とよばれるようにもなりました。
ちなみに、ダマスカス鋼の製品は木の年輪のような模様が特徴です。これら特徴を、ある程度再現できたとされるダマスク包丁が売られていますが、古代インド&シリアのものとは違います。なお、ウーツ鋼あるいはダマスカス鋼は、自然ステンレスと呼ばれることもあるようでございます。あくまで、人間が作らないと存在せず、天然にあるわけじゃないんですけどね。
さて、もう1つのイギリスの話です。錆びない鉄は、もちろん産業用にも重要なのでございますが、なんとか失われた技術が再現できないか? となりますな。そこで、英国は当時有名になっていたマイケル・ファラデーに依頼し、ダマスカス鋼の再現を試みます。
ファラデーは「7種の金属を混ぜたのがウーツ鋼」という俗信をアテにして「うーん、なんかええもの混ぜたらうまくいくんじゃね」というので、金やプラチナなど、錆びない金属をまぜて性質を調べてみたんですね。そして、じゃじゃーん! 発明しました、鉄90%、プラチナ10%とすると、錆びない合金ができたのです。これが、インドのウーツ鋼に続く、ステンレスの発明です。やったね。
でも、ですよ、プラチナ10%って、どないするねん。そんなんということでございます。まったく実用的な値段になりませんがな。分量もつくれませんがな。ということでございます。
ちなみに、ウーツ鋼を再現する試みはファラデーで終わりません。実際、ロシアのアノーソフは顕微鏡で観察をし、鋼を作るときの冷え方でうまいこと構造ができ、それが硬さや粘り強さ、模様の秘密であることを見抜いています。
その後、クロムの添加や、炭素の量の加減で、腐食しにくく、丈夫な鉄が作れることがわかり、1913年にイギリスのブリアリーが、現在のステンレスの開発に成功したのでございます。
ところで、なんで錆びないの? ということについては、ブリアリーの前に「不動態化」ということを発見した人たちがいます。これは、どういうことかというと、金属の表面が酸化する=錆びの膜ができることで、さらに金属内部に錆びが侵入発生するのを防ぐというものでございます。クロムやアルミ、チタンは、こうした不動態になりやすい性質を持っているのでございます。
蓋をすることで、牛乳が腐らないようにするみたいなものでございますな。で、その錆びの膜は、ナノメーター(1ミリメートルの100万分の1)の厚さしかありません。であれば、ちょっとこすったら膜がとれて、錆びてしまいそうでございますよね。ところがそうじゃないのです。
ステンレス表面の不動態膜が痛んでも、ただちに表面が不動態膜に変わるのでございます。そして、そうなると、それ以上は錆びないのです。
つまり、ステンレスの表面はごくごくわずかに「錆び続けることで、全体が錆びることを防ぐ」のですね。しかも自動修復する壁なのでございます。膜といっても、かってにはがれおちるとかいうことがないので、安全性が高く、食器や医療器具にもつかわれているのでございますな。
似たようなものに、アルミの表面のアルマイトや、チタンの表面が色づく現象などがございます。
ところで、そういう金属が合わさった固有の性質が、錆びない状況をつくるなら、他にもありそうなものですね。実際、銅とスズをあわせて作った、日本の国友藤兵衛が作った、江戸時代の望遠鏡の鏡は、錆びていません。金属間化合物だからと解説されていますが、ちょっと説明になっていないですね。実際はどうなんでしょうかねー。どうも、不勉強で分からず、ここまででございます。すまんです。
著者プロフィール
東明六郎(しののめろくろう)科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。