パナソニックが昨年11月に発売したドラム式洗濯機「Cuble」。表面に凸凹がない、洗練されたデザインで注目を集めている。洗濯機というのは、これまでドラム式に限らず機能性訴求が優先で、デザイン性は二の次といったイメージがあった中、この傾向に一石を投じたのが本製品だと言えよう。

ドラム式洗濯機「Cuble」

冷蔵庫で得たノウハウが突破口に

前編では、これまで丸かったドラム式洗濯機の扉に四角い形状を採用し、さらに家事を楽しくするため、透明な丸窓をつけたというデザインの理由が明かされた。しかし、この丸窓の部分の構造は、設計・開発上最も苦労した部分でもあるとのこと。というのも、「アクリル板の透明度を高くすれば、本体との嵌合部分が見えてしまってデザイン性を損ねてしまい、資材のコストのほうも上がってしまう」(太田氏)からだという。

さらに、設計開発担当者からは、振動や熱によりアクリル板が外れてしまうおそれがあるため、額縁のようなフレームを付ける必要があると指摘を受けたそうだ。しかし、それでは"段差がない構造にする"というそもそもの根底部分が崩れてしまうことから、両者を成り立たせるために試行錯誤が続いたとのこと。

そこでヒントになったのが、同社が2013年に発売した"フルフラットガラスドア"を採用した冷蔵庫。ガラスを支える周囲のフレームをなくして段差のないフラットな形状を実現した製品で、冷蔵庫のヒットが、フレームレス構造を実現する後押しになったという。「冷蔵庫の例を伝えたり、構造をデザインから設計に粘り強く提案することで、ようやく品質を確保できる手段が見つかり、実現したんです」

パナソニック アプライアンス社 デザインセンター 太田耕介氏

また、クリアウィンドウの周りを囲むリング部分にもユーザーが気付きにくいデザイン上の工夫が密かに施されている。というのも、10度斜めに傾いているはずのCubleのドラム槽は外から見ると真っ直ぐなように見える。太田氏によると、これには実は次のようなトリックが隠されているのだ。

「ドラム槽が斜めになっているので、前から見るとその切り口の部分は楕円形になるはずなんです。でもリングの部分のデザインでその誤差をちょっとずつ吸収しています。よく見ると、左右上下で微妙に傾斜が変わって深さが違うことがわかると思うのですが、正面から見た時にキレイな円に見えるように、実は細かいところも微調整しているんです」

ON・OFFのある操作パネル

Cubleのデザイン面でのもう1つの大きな特徴はドア側の天面部分に配備された操作パネルだ。ドラム式洗濯機の操作パネルは本体天面に取り付けられているのが一般的だが、全面的なパネルタイプのドアを採用したことにより、この独自のデザインが可能になった。操作部がドア側に取り付けられていることにより、本体の上はよりスッキリしたデザインに仕上がっている。

「洗濯機の天板に取り出した衣類を仮置きしたい、という声を多く伺います。そこで操作部をドア側に移し、天板スペースを広く取るデザインにしました。しかし、操作部をドア側に持ってきたことで、基板や配線もドア側に移動させる必要があり、技術的にはそこが難しかった部分です」

また、操作パネルは静電式のタッチパネルが採用されている。電源オフ時には表示がすべて消灯する仕組みで、極力空間に溶け込むことを意識してデザインされたという。操作パネルのカラーにはシルバーが採用されているが、現在の色合いに行きつくまでには200個もの試作品が製作されたという。

操作パネルはタッチパネルを採用しており、オフ時には一切見えなくなる

シルバーが選ばれたのは、サニタリー空間によく使われる色であるから。光をうまく透過させるのが難しかったというが、それでもなおシルバーを選んだ理由について、太田氏はこう語る。

「こういった光を透過させて表示するパネルの場合、本当は黒がいちばん作りやすいのですが、黒だとスマートフォンみたいなイメージで機械っぽさが強く、ハイテク過ぎる印象になってしまうんです。シルバーのインクというのは金属の粉末からできているので、光を通すと乱反射してしまって透過しづらいという性質があります。そうは言っても、金属の粉末を減らすと金属らしい雰囲気がなくなってしまうので、透過具合を見ながら、金属感を出しつつもキレイに透過するために、1パーセント単位で配合技術などを変えました」

洗濯機は日の当たる明るい場所に置かれることが多いため、実験棟の屋上の日当たりが良いところで試験をしたり、明るさを調整したりと、実際の使用時を念頭に置いた確認工程が多かったという。「これなら大丈夫というところまでとにかく試作を繰り返しました」と笑うその顔には、機能と審美性を両立させた充実感が浮かんでいた。

個別に開閉部の設けられることが多い排水フィルターだが、Cubleでは「継ぎ目」を隠すため、ドア同様全面が開閉可能なドアを設けている

洗濯を『嫌々する家事』から『楽しい体験』に

デザイン性の高いドラム式洗濯機として誕生したCuble。だが、あくまでこだわったのは空間との調和だ。そのため、これまでのデザイン家電にありがちなカラフルなカラー展開ではなく、白とシルバーを基調にした定番のカラーで清潔感を重視した色遣いが徹底されたという。

「当初から新しい洗濯機として発売したかったCubleですが、目立たせるのではなく"調和"を大事にしました。そのため、質感も壁になじむようなマットなものを選びました。とはいえ、空間との調和だけを最優先で考えると真っ白なデザインになるのですが、機能性を視覚的に訴える側面もデザインに持たせたかったので、ギリギリのバランス感覚を保つのが大変でした」と太田氏。

パナソニックでは、Cubleの発売をドラム式洗濯機の普及に向けた底上げを目指した"起爆剤"と位置付ける。そのため、太田氏はCubleが空間に置かれた状態をイメージしたデザインスケッチも多数用意された。

太田氏が描いたイメージスケッチ。製品単体でなく、置かれた状態を想定した内容だ

  「『新しいライフスタイルを提案したい』と思ってデザインしました。洗濯機自体がスッキリしたデザインなので、空間に置かれた時に周りに植物を置いてみるなど、コーディネートしやすいですし、レイアウト自体も楽しんでいただけると思います。キューブルが心地よい空間作りのきっかけとなり、洗濯を『嫌々する家事』から『楽しい体験』に変えられるかもしれない。そういった思いを込めています」(太田氏)

この他、Cubleでは"バランサー"と呼ばれる洗濯槽の上部にある振動を抑えるための装置を新たに専用で設計・開発。これにより、投入口の直径を従来の350ミリから420ミリに広げ、面積比では138%も拡大した。また、ドラム槽の投入口の位置自体も83ミリ高くして、使い勝手が向上されている。

洗濯機に限らず、昨今の家電製品は機能性にプラスしてデザイン性訴求へとトレンドがシフトしつつある。また、"モノ"から"コト"への提案というのも潮流になっているなか登場したCubleは、まさにその象徴的な製品。これまでのドラム式洗濯機とは一線を画したコンセプトと稀有なデザイン性で、市場をけん引する存在として今後も注目したい。