日立グローバルライフソリューションズ(以下、日立)が2022年12月に発売した「かるパックスティック PKV-BK3K」(以下、かるパックスティック)。日立史上初めてとなる、「紙パック式のスティッククリーナー」だ。

  • 日立初の紙パック式スティッククリーナー「かるパックスティック PKV-BK3K」

近年、日本の掃除機市場の主流は、キャニスター(シリンダー)タイプからスティックタイプへ置き換わっている。日立では2015年に「パワーブーストサイクロン」を発売してから、「パワかるスティック」、「ラクかるスティック」と、サイクロン式のスティッククリーナーのラインナップを拡充してきた。

かるパックスティックは紙パック式のコードレススティッククリーナーということで、その開発秘話について担当者に話を聞いた。

市場と技術の成熟を待って投入した「紙パック式」

設計を担当した日立グローバルライフソリューションズ ホームソリューション事業部 生活家電本部 第二設計部 クリーナグループ 技師の山谷遼氏によると、「以前から紙パック式のスティッククリーナーを求める声はあり、企画の『芽』自体は存在していた」そうだが、開発へと舵が切られるまでに時間を要したことには、スティッククリーナー市場の成熟を見守っていた側面もあった。

「スティックの需要が高まる中でも、キャニスタータイプの紙パック式掃除機は根強い人気がありました。コロナ禍で在宅時間が長くなるにつれ、家事の時短ニーズが増し、掃除機のメンテナンスを手軽にしたいという声が大きくなってきたためです。

スティッククリーナーの軽量化競争の中で、日立でも2019年に『ラクかるスティック』を発売しました。その過程で『ハイパワー3Dファンモーター』の開発など軽量化の技術が進んできたこともあり、紙パック式のスティッククリーナーが実現できるのではないかと、2021年の冬頃から本格的な開発に着手しました」(山谷氏)

開発でこだわったのは、サイクロン式ですでに好評を得ている性能や機能を踏襲すること。「手元重心で軽いという、ラクかるスティックで好評のポイントは外せませんでした。その上で紙パック式でも同じような性能を出せるように開発を進めました」と山谷氏。

具体的なスペックとしては、総重量はサイクロン式のラクかるスティックと同じ1.1kg。その上で、パワーを落とさず、紙パックがすぐにいっぱいにならないような容量を確保した製品を目指した。

「紙パック式は交換のコストがかかるので、お客さまに受け入れられにくいのではないかとの懸念も、製品化に時間がかかった理由の1つでした。一方で、紙パックを交換するコストをかけてでもメンテナンス性を高めたいニーズも大きいと考え、使い勝手やメンテナンス性を向上する方向の開発に力を入れました」(山谷氏)

  • 紙パック式のかるパックスティック(左)は、サイクロン式スティッククリーナー「ラクかるスティック(PV-BL3K)」(右)と同等のスペックを目指した

「使い勝手やメンテナンス性を向上する方向の開発」、つまりゴミ捨ての頻度を減らすことや、紙パック交換を手軽にすることの追求だ。そこで、コンパクトな本体サイズでもゴミを多く吸い込むことができると日立のキャニスタータイプで好評の「パワー長もち流路」と「こぼさんパック」を、スティッククリーナーにも採用することを決定した。

紙パックが大きければ大きいほどたくさんのゴミを溜められるものの、それに比例して本体サイズが大きくなる。本体が大きくなると、デザイン性や使い勝手も悪くなるのがセオリーだ。

デザインを担当した、日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 デザイナーの關舞氏は「初期の検討段階から本体の検証模型を多数作成し、紙パックの容量を確保しつつなるべくコンパクトで見た目にもスッキリしたデザインを見極めていきました」と説明した。

その際、「原型」となったのが2008年発売の「こまめちゃん(PV-H23)」。本体重量2.1kg、集じん容量0.6Lの紙パック式ハンディクリーナーで、コード式のため5mのコードを本体内部に巻き取る機能を持つ。本体下部には小さなローラーを備え、卓上や床上を転がして使うことも可能。さらに、延長菅を取り付けた状態でも掃除ができる。

  • 2008年発売の「こまめちゃん(PV-H23)」。今回、スティッククリーナーで紙パック式を開発するにあたり、形状やサイズ感などの原型となった

「これをもとに模型を作ったのですが、紙パックが(現在のかるパックスティックよりも)少し大きかったり、基板が横向きだったりと、内部構造のレイアウトも異なります。横幅も大きく、実際に持ってみても大きくて、重量を軽くしても見た目の印象で損をしそうだとなりました。

コンパクトで見た目もスッキリしたデザインにするためには、紙パックの新開発が必要でした。設計部門にも内部構造を見直してもらって、基板を縦に配置したボリューム模型(※)を改めて作成。関係者とレビューしながら横幅の許容範囲とだいたいのサイズ感を決めていきました」(關氏)

※ボリューム模型…外観のバランスや大きさなどを確認するため、ラフに作成する模型を指す

  • 初期の検討模型。サイズ感や見た目のボリュームなどを検討した

  • ボリューム確認用模型。本体のおおよその大きさが決まった後、内部構造や部品のレイアウトを変え、それをもとに作成した

サイクロン式と同等の性能を

山谷氏の説明によると、サイクロン式と紙パック式の設計でもっとも違うのは、集じん部にゴミを溜める仕組みだ。

「サイクロン式はダストケースと吸込口を並べて配置して、ダストケースの横側から吸い込まれたゴミと空気を筒状の内部で旋回させて遠心分離し、ゴミだけをダストケースに残す仕組みが一般的です。紙パックの場合は、本体のど真ん中に吸込口があってそこから直接紙パックに入れるような構造です」(山谷氏)

このことから、紙パック式のスティッククリーナーを開発するにあたり、「セオリー的には吸込口を(本体の)真ん中に設けたいと最初は考えていた」(山谷氏)とのことだが、「そうすると、ハンディ掃除機として使用している最中に(使っている人の視点から)吸込口が見えなくなってしまい、使い勝手もデザイン性もよくない」という理由から、独自の方策が考えられた。

「本体に対して紙パックを20°傾けて配置する構造を採用しました。それに合わせて、モーターもバッテリーもすべて斜めに傾けて配置しています。これまでとは異なる構造のため、設計としては苦労したポイントです。これにより紙パック内にゴミを吸い込むための穴が上方向になって、サイクロンに近い使い勝手になります。デザイン性の向上にもつなげられました」(山谷氏)

  • 紙パック内の構造と仕組みのイメージ。紙パックを収納する角度と、空気の流れが大きなポイント

紙パック式の場合、紙パックの内部に溜まったゴミが空気の流れを阻害して、吸引力が低下する弱点がある。これを解消するために、以前から日立のキャニスタータイプの掃除機は、紙パックをセットする空間の上下に風が流れる構造の「パワー長もち流路」を用いていた。今回のかるパックスティックでも、その構造が引き継がれている。

ただ、山谷氏によれば「スティックにすることで、本体の大きさや流路、風の流れがまったく変わってしまう」ことに加えて、「集じん部が斜めに傾いているため、吸い込んだゴミを圧縮する仕組みも少し変わる」とのこと。キャニスタータイプで培った技術を応用しながら調整と最適化を図り、新しく開発することになった。

具体的には、紙パックが(パイプから)まっすぐにセットされるキャニスタータイプでは、本体内側の外壁に対して、上下左右バランスよく流路が設けられている。一方でかるパックスティックは、パイプに対して20°傾いた状態で紙パックが収まるため、本体内部で紙パックの上下左右の空間が異なる。本体の外側に対して紙パックの下側が近く、上側が遠くなり、紙パックと外壁との距離も変わった。そのため、長もち流路の下側を大きめにとり、上側はあまり広くしないよう設計し、軽量化につなげる工夫をした。

流路の変更は、もちろん吸引力にも影響する。

「空気の流路を曲げること自体は、サイクロンでもやっている手法でイレギュラーではありません。吸引力の損失をなるべく抑える曲げ方が重要です。あまり急な曲がり方では吸引力が落ちてしまいます。

今回、軽量・コンパクトを両立させなければならない中で、(集じん部内を通る風の流路を)1回曲げるだけでは、(吸引力の担保に必要な流路の長さを確保すると)本体が長くなりすぎます。バランスを見ながら形を決めていくのに苦労しました。また、本体と紙パックの間の流路は、パイプと紙パックをつなぐ部分で1段階、紙パックと集じん部のすき間の部分でもう1段階と、2回折れ曲がってから(紙パックの)中に入るという構造になっています」(山谷氏)

当初は既存の紙パックを使う予定で検討していたかるパックスティックだが、スティッククリーナー本体に対して紙パックが大きすぎたため、「小さく見えて容量がある」ものが新たに開発された。パッと見、紙パック自体はとても小さいが、取り出して広げてみると意外に大きいことに驚く。

  • キャニスタータイプの集じん部と紙パック

「紙パックが収まる集じん部の容積を確保しつつも、本体の前端を削ぎ落した形状を、設計とデザインで突き詰めました。これにより、ハンディ状態のときに本体の下側の角が掃除する場所に当たりにくい快適な使い心地を実現できました」(關氏)

日立のキャニスター掃除機の紙パックで既に好評を得ている「紙パックするりん構造」と「こぼさんパック」という2つの機能も取り入れた。前者は、ゴミで膨らんだ紙パックをスムーズに取り出せる構造。後者は、紙パックを取り出すときにゴミの吸い込み口がシールされ、紙パック内のゴミがこぼれない工夫だ。

山谷氏は「基本はキャニスタータイプの機構を踏襲し、スティック向けに小型化しています。するりん構造用の格子パーツは、単純にコンパクトにしただけではなく、厚さが重要になってきます。流路的には厚くしたほうがいいのですが、厚くすると集じん部の容積が狭くなってしまい、本体サイズも大きくなるので微調整に苦労しました」と振り返った。

  • キャニスタータイプ用の紙パックで人気の、膨らんだ紙パックを簡単に引き出せる「紙パックするりん構造」と、取り外す際に口をシールでフタをする「こぼさんパック」は、スティック用の小さな紙パックでも踏襲している

  • 紙パックするりん構造用のパーツは、基本的な形状や機構はスティック式でも同じだが、後方に備える格子のパーツの厚み調整に苦労したとのこと

横並びになっていると、一見見分けがつかないほどに似通ったたたずまいの日立のサイクロン式と紙パック式のスティッククリーナー。しかし、中の構造や仕組みは驚くほどに異なり、多くのものが再設計されているのだ。