3月10日に、アディスアベバ発ナイロビ行きのエチオピア航空ET302便が墜落する事故が発生した。事故機はボーイング737MAX-8だが、今回の事故では同機の運航停止や乗り入れ停止、さらには機体の納入中断という事態に発展した。

737MAXで変わったこと

民航機でも軍用機でも、まっさらの新型を開発するのではなく、既存モデルを改良する形で新型機を生み出す事例はたくさんある。ボーイング737MAXも、そうした機体の1つだ。

737はもともと、ボーイング707の胴体断面をそのまま使い、四発から双発に改めて小型の機体を生み出したもの。最初に登場した737-100/-200はプラット&ホイットニーのJT8Dターボファン・エンジンを使用していた。エンジン径はそれほど大きくないが、それでも地面とのクリアランスを十分に確保するために、パイロンを介さないで主翼に直に取り付ける形になっていた。

続いて登場した737-300/-400/-500は、エンジンをCFMインターナショナルのCFM56に改めた。CFM56はJT8Dと比較すると径が大きいため、エンジンは主翼の下面というよりも前方に突き出す形で取り付けている。しかも、ナセルの下面を少し削って平らにした、特徴的な形になっている。

737-600/-700/-800/-900は、面積を拡大した新設計の主翼を導入するとともに、アビオニクスを一新、グラスコックピットを導入したのが大きな変更点となる。エンジンは、これもCFM56シリーズで、搭載方法は737-300/-400/-500と同様。

続いて登場した最新型が737MAXで、737MAX-7/-8/-9の3モデルがある。大きな変化は、エンジンをCFMインターナショナルの新型、LEAP-1Bに変更して燃費の改善を図ったところ。同じLEAPシリーズを搭載するエアバスA320neoシリーズの直接のライバルといえる。

ところが、LEAP-1BエンジンはCFM56よりも大径化したため、主翼と地面の間のクリアランスを確保するための工夫が必要になった。そこで降着装置の設計を見直したり、エンジンの取付方法を見直したりした。737-600/-700/-800/-900ではエンジンナセルの上面が主翼の上面よりも心持ち低いが、737MAXではエンジンナセルの上面と主翼の上面がほとんど同じ高さになっているように見える。

つまり、機体の軸線から見ると、新型になるにつれてエンジンの中心線が持ち上がってきており、かつ、エンジンの位置が前進していることになる。それが原因で機首上げしやすくなったのではないかという説があるが、エンジンの中心線が機体の軸線に近付いているのだから、推力線の位置関係だけ考えるなら、むしろ逆になるはずだ。

実は、これは空力の問題で、従来よりも前方・上方に移動した新設計のナセルに対して、(旅客機としては)大きな迎角をとった時に機首上げにつながる力が発生する傾向がある、というのが真相であるようだ。

MCASによる安定化

新型になっても同じ737に変わりはないのだから、すでに十分に枯れたシステムで動いているのではないか……と思うところだが、実はそういうわけではない。737MAXにはMCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System)という新装備が載っている。MCASを直訳すると「機動特性強化システム」となるが、戦闘機ではないのだから、機動性を高めるわけではない。

実は、このシステムの狙いは、過剰な機首上げ操作を自動的に抑制して失速を防ぐことにある。

機首上げの度が過ぎて迎角(AoA : Angle of Attack)が過剰になると失速するという話は、本連載の第8回で書いた。

MCASを新規に追加したということは、737MAXでは過剰な機首上げが生じる可能性がある、という認識が設計段階からあったわけだ。

では、その過剰な機首上げ操作の抑制はどのような形で実現しているのだろうか。

実は、737MAXに限らず、(昇降舵ではなく)水平尾翼の取付角そのものを変えられるようにしている機体は多い。前後の釣り合い(トリム)を調整するためだ。釣り合いをとるのに昇降舵を使用すると、常に操縦桿を操作していなければならなくなる。

そこで登場するのが水平尾翼の取付角変更で、例えば釣り合いがとれていなくて機首が下がるようなら、水平尾翼の取り付け角を少し前下がりにする。すると尾部を押し下げる力が加わるので、機首が上がって釣り合いがとれる。機首が上がる傾向なら逆になる。

737MAXのMCASでは、この水平尾翼の取付角変更を利用している。「迎角が過大」「オートパイロットがオフ」「フラップを降ろしていない」「急旋回中」といった条件が揃うと、MCASが自動的に作動する。その内容は、水平尾翼の取付角を前上がりの方向に変更して機首を下げる動きを発生させる、というもの。作動速度は0.27度/秒、前上がりになったときの角度は最大で2.5度なので、2.5÷0.27=9.26秒で、限界まで作動することになる。

そして、迎角が適正範囲内まで減るか、パイロットが介入してトリム操作を手動に切り替えれば、MCASは停止する。また、前述の条件が発生しない通常時には、MCASは動作しないし、操縦に介入しない。

そこで問題になるのは、迎角の判断である。迎角を検出するAoAセンサーが故障して、間違ったデータを送ったらどうなるか。実際には適正な迎角で飛んでいるにもかかわらず、AoAセンサーの故障か何かで、過剰な迎角の数字がMCASに送られたらどうなるか。飛行条件次第ではMCASが自動作動して、水平尾翼の取り付け角を変更して機首を下げようとするかもしれない。

コンピュータが正しく動作する前提とは

FBW(Fly-by-Wire)を使用している機体では、飛行制御コンピュータに入るデータが正しいことが、安全に飛べることの前提条件になる。現に、飛行制御コンピュータにつながっているセンサーの配線を間違えたせいで墜落したFBWの機体が、少なくとも2機ある。

737MAXのMCASも、コンピュータ制御の操縦関連システムであることに変わりはない。これが正常に、設計者が意図したとおりに機能するかどうかは、そこに正しいデータが入るかどうかにかかっている。

同時に、そのMCASがどういう動作をするかをパイロットに周知徹底することも重要である。さもないと、パイロットとMCASが喧嘩をすることになってしまう。よかれと思って導入した安全装置が危険要因になったのでは、たまったものではない。

念を押しておくが、MCASが墜落事故の原因になったかどうかは、現時点では確定していない。ただ、737MAXが新たにMCASという仕掛けを導入したのは事実。そして、MCASの動作と密接な関係があるAoAセンサーについて、2018年11月7日に耐空性改善命令(AD)が出ているのも事実。また、今回の事故を受けて米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)がMCASの改修を指示しているのも事実。

直接の事故原因かどうかに関係なく、AoAセンサーやMCASがどんな動作をするモノなのかを知っていただくのは、決して無駄ではないだろうと考えて本稿を書いた次第。そしてボーイングは、システムの修正とともにマニュアルの改訂も行うという。これによって737MAXが安全に飛べる機体になることを願う。

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著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。