オンラインで新作情報を発表できるようになった昨今、大規模な展示会の必要性は薄れてきています。特にアパレル業界では、その傾向が顕著のようで、パリコレ、ミラノコレクション、ニューヨークコレクションなど、名だたるファッションショーを見に行く業界関係者は減っているといいます。
ゲーム業界にも例に漏れず、世界最大級のゲーム展示会であった「E3(エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ)」は2023年末に終了を発表しました。
そんな背景もあってか、今年の「東京ゲームショウ(以下、TGS)」の取材には若干、気が乗りませんでした。コロナ明けの見事な復活を果たした2023年と比較すると、あくまで前年の延長線上で展開されることが予想でき、インパクトに欠けると考えていたからです。
また、「TGSはゲーム業界の最先端である」といった声が業界関係者からは聞こえてこないのが現状。むしろ「TGSから撤退できたら産業の勝者である」「いかにTGSに頼らない自社プラットフォームを構築できるか」など、TGSが「脱出ゲーム化」しているような見解もあります。
とはいえ、結果として、過去最大の出展社数、歴代2位となる来場者数を記録したのは、特筆すべきであり、今回のTGSの記事を「1つのゲームの展示会としての評価」に留めてしまうのはもったいないでしょう。
展示会が抱える2つの課題、「失われた情報の非対称性(※1)」、クラスター(※2)の数が増えて「多様化した価値観」についても、TGSは見事な回答を出しているように思えました。
※1 商品やサービスの売り手と買い手の間、または企業と投資家など異なる経済主体の間で保有する情報に格差があること
※2 同一の購買特性を持つ母集団
そこで本稿では、少し視野を広げて「展示会がオワコン化する時代に、なぜTGSが生き残れているのか」に注目します。
「失われた“情報の非対称性”」をテーマパーク化で回避
ゲーム業界の人たちにとっては「当たり前」なのかもしれませんが、さまざまなジャンルの展示会を取材している筆者にとって、TGSは“テーマパーク化”に成功した展示会といえます。
例えば、日本最大級の美容関連の見本市「ビューティーワールド ジャパン」は、エンタメ要素が強まっており、テーマパーク化が進みつつありますが、まだ伸びしろがあるように感じます。
もちろん、商材の特性上、すべてがエンタメに向いているわけではなく、toC適正の強いTGSだからこそできる芸当であることは間違いありません。
ここでの筆者の問題提起は「展示会はテーマパーク化すべきだ」ではなく、「存在価値を失いつつある展示会の1つの打開策として(他業界も含めて)『展示会のテーマパーク化』は検討の余地がある」「テーマパーク化という点ではTGSが最先端である」ということです。
なぜなら、TGSが提供しているのは「ここでしか得られない“情報”」ではなく「ここでしか得られない“体験”」であり、どのブースも必ずしも最新情報だけで勝負しているわけではないからです。
主催のコンピュータエンターテインメント協会(CESA)によれば、ビジネスデイ(9月26日~27日)の総入場者数は87,180人であり、2023年の69,815人から約17,000人(約25%)の増加です。
ビジネスデイを2日とも取材をした筆者ですが、良くも悪くも、例年の一般公開日のような活気と人混みがありました。
ビジネス目的であるものの、目を輝かせて、童心に戻って展示を体験する関係者たちの姿は、活力に満ちていました。仕事と遊びの境目がなくなりつつある、現在の潮流とも合っているのかもしれません。
このことから、現在において、展示会のテーマパーク化はtoCの展示会だけでなく、toBの展示会でも有効であるといえるでしょう。
北側はディズニーランド、南側はディズニーシー
「TGS2024」のオフライン会場となった「幕張メッセ」は、北側にホール1~8およびイベントホール、南側にホール9~11があります。
今回、北側のホール1~8では、伝統的な家庭用ゲームのブースが中心に展開され、イベントホールでは低年齢層&親子連れを想定したファミリーゲームパークが開催されました。これは、いわば“ディズニーランド”といえます。
一方、南側のホール9~11(一部のホール2~3も含む)に移動すると、PCゲームやeスポーツの要素が強くなり、インディーゲームコーナー、家具をはじめとした非ゲームコンテンツなど、派手さはないものの、落ち着いた楽しみ方ができるブースが並んでいました。これは、“ディズニーシー”といえるでしょう。
このように「TGS2024」は、ゲームから派生したさまざまな文化をうまく区分けしており、「多様化した価値観」に対応しています。
出展ブースに目を向けると、さらに「多様化への歩み寄り」が見えてきました。例えば、推し活のニーズ(「ゲームに興味はない」が「人間に興味がある」)もTGSは逃していません。
国産ゲーミングチーム「ZETA DIVISION」のブース内の「インフルエンサーラウンジ」には連日ファンが押し寄せ、サウジアラビアのゲーム企業「Qiddiya Gaming」ではプロゲーマーやインフルエンサーのトークイベントが展開されました。小島秀夫監督をはじめとした有名ゲーム開発者のトークショーも、推し活のニーズを満たしているといえます。
これは、ディズニーリゾートがアトラクションだけでなく、キャラクターとのグリーティングやショー、パレードなどを展開しているのと同じ。推し活のリピーターが集客を下支えしているのに近い構図でしょう。
任天堂から特許権侵害で訴訟を受けているパルワールド(株式会社ポケットペア)も大規模なブースを出展していました。
ブース周辺を通りかかった人たちからも「え? いいの?」「これは似てる」(※3)という声があり、さまざまな意味で注目されている様子でした。これもTGSの多様性を象徴している出展といえるでしょう。ちなみに任天堂はCESA会員ではないので、TGSにブースは出展していません。
※3 今回の訴訟は「著作権」ではなく「特許権」の侵害が争点であるため「デザインの類似性が指摘されているわけではない」とされている
テーマパーク化による新たな課題も
「展示会のテーマパーク化に成功した」という点において、TGSは国内の展示会の最先端を走っていると筆者は考えています。これからもTGSは、他ジャンルの展示会に何かしらのヒントを与え続けるでしょう。
一方、テーマパーク化してしまったがゆえの、新たな課題も発生しています。すでに、多くの方が指摘していることですが「人が多い(特定の場所に集中する)」「会場のキャパオーバー」などは、前年から運営側も認識している課題であり、2024年も改善されていないように感じました。
※以下、「TGS2024」開催要旨からの引用
多くの出展社、来場者から高い評価を受けた東京ゲームショウ2023ですが、当然のことながら課題もありました。過去最大の小間数であるがゆえの会場内の密集感はぬぐえず、「狭い」「暑い」「人が多すぎる」という声も多くあったのと同時に、「公式グッズが売り切れている」や「会場が広すぎて目的の場所にたどり着けない」など拡大にあたっての問題が浮き彫りになったことも事実です。そのような課題を受けて、東京ゲームショウ2024は更に進化を遂げます。
また、人気ゲームの試遊台の整理券は開場直後になくなってしまうので、何の計画もなしに突撃すると「新アトラクションができたばかりの、東京ディズニーリゾート」以上の絶望を味わうことになります。
TGSは気軽に入場料を払って、会場内を自由に遊べるイベントではないので、事前にどのブースを目当てにして、そのブースの競争率がどの程度なのかを事前に調べておく必要があるでしょう。
2つの課題を乗り越え、新たな課題と向き合うTGSの動向に注目です。