東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は3月1日、大きさが1nm程度のフラーレンを固体上に配置し、そこに電子を通過させる際に光を照射することで、同分子から放出される電子の位置を1nm以下のスケールで制御することに成功したと共同で発表した。

同成果は、東大 物性研究所(物性研)の柳澤啓史特任研究員(研究当時は独・ルートヴィヒ・マクシミリアン大学 DFGプロジェクトリーダー)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

光を固体に照射すると、光電効果により電子を飛び出させることができ、それはフェムト秒やアト秒などの極めて短い時間スケールで動作するスイッチへと応用できる可能性がある。これにより、コンピュータの処理速度が現在の1000倍~100万倍にまで高速化することが期待されている。

電子が飛び出す位置は、古典電磁気学的効果を用いることで10nm程度の精度で制御でき、それにより超高速スイッチを固体内に集積することができるという。ただし、さらなる集積化のためには、より極小領域で電子の放出位置を制御する必要があるが、10nmを切る領域での操作は技術的に困難だったとする。

そうした中で研究チームは、その困難を克服するため、大きさが1nm程度のフラーレンを1個固体上に配置し、同分子を電子に通過させることで量子的な効果が働き、1nm以下のスケールで電子の飛び出す位置を変化させられるのではないかと考察したという。そこで同実験を実現するため、固体上に配置したフラーレン1分子から電子が放出される構造(「1分子電子源」)を用いることにしたとする。

一方で、1分子電子源からどのようなメカニズムで電子が放出されるのかは、約70年もの間未解明だったという。そのため、今回その謎の解明も試みたとする。

研究チームはまず、電子源に光を照射し、その際にどのように電子の放出パターンが変化するのか、電界電子放出顕微鏡(FE顕微鏡)を用いた観測を行った。その結果、光を照射した場合と照射しない場合で、電子の放出位置が大きく変化することが観測されたという。研究チームはこの結果について、電子の分岐器が1分子で作製されたことを示すとした。

  • (a)フラーレン1分子を用いた電子の分岐器の概念図。(b)電界電子顕微鏡により観測された電子放出パターン

    (a)フラーレン1分子を用いた電子の分岐器の概念図。(b)電界電子顕微鏡により観測された電子放出パターン(出所:東大 物性研Webサイト)

さらに、量子的な計算モデルが構築され、実験との比較が行われた。するとこのような大きな変化は、フラーレン1分子に広がる電子の特異な広がり方に起因していることが示されたとする。これにより、約70年来の謎が解明されたのである。

  • (a)電車の分岐器(ポイント)の概念図。(b)電子波の分岐器の概念図。電子波の分岐も、電車の分岐器と概念的には同じである

    (a)電車の分岐器(ポイント)の概念図。(b)電子波の分岐器の概念図。電子波の分岐も、電車の分岐器と概念的には同じである(出所:東大 物性研Webサイト)