アップルが、日本の小規模デベロッパー(アプリ開発者)の支援を加速します。12月15日、日本での提供開始を発表した「App Store Foundations Program」では、デベロッパーがグループセッションやネットワーキングセッションなどの特別なカリキュラムに参加したり、アップルの担当者とコミュニケーションを取る機会を用意。さらに、有料アプリ販売やアプリ内課金の手数料を現行の30%から15%に引き下げる「App Store Small Business Program」も、前年の収益が100万ドル(約1億3700万円)以下のアプリ開発者を対象に提供します。

このように、アプリ開発のスタートアップや「アプリ開発に挑戦してみたい」という新進気鋭の個人開発者にとって魅力的な施策を発表したのは、アップルが「日本にはクリエイティブで有能なデベロッパーが数多くいる」ことを高く評価しているからにほかなりません。

これを裏付けるかのように、アップルのティム・クックCEOが日本の小規模デベロッパー3社の開発者と面会し、ARやカメラなどiPhoneの機能を生かした独創的なアプリを体験。クックCEOは「素晴らしい」と連呼し、日本のデベロッパーの実力の高さを改めて体感したようでした。

頭だけでなく体も動かすことを狙った「算数忍者AR」

まずティム・クックCEOが体験したのは、Fantamstick(ファンタムスティック)が開発した「算数忍者AR」(無料)。アプリを起動してカメラを室内に向けると、テーブルなどの上にCGで描かれた忍者の城や街がARで登場。計算式の答えを持っている村人を城のなかから探し出してタップすれば正解、という学習アプリです。ゲーム進行のテンポのよさも特徴としています。

  • ARを利用した学習アプリ「算数忍者AR」を体験するティム・クックCEO

ARにしたことで、忍者の城の周囲を歩きまわったり見上げたりしないと村人が発見できないため、頭だけでなく体を使わなければ答えが見つけられません。アプリを楽しみつつ子どもに体を動かしてほしい、という狙いもあるといいます。

  • 問題や答えを持つ村人はARで表示され、体を使わないと正答にたどり着けないのがユニーク

以前、同社が特別支援学校に赴いて算数計算のアプリを児童に試してもらったところ、それまで計算がまったくできないといわれていた児童が次々と正答をタップしていくのに先生も驚いたそう。その児童は、頭の中では計算の答えが導き出せていたのに、ノートに答えを書くことができなかったことが分かり、スマートデバイスを用いた教育の価値や重要性に改めて気づかされたそうです。

  • FantamstickでCEOを務めるベルトン・シェインさん

最新技術を用いつつ手描きにこだわった「らくがきAR」

次に体験したのは、Whatever(ワットエバー)が開発した「らくがきAR」(160円)。ノートやメモ帳などに描いた人物や動物などのイラストをカメラ機能でとらえると、まるで命が吹き込まれたように切り取られて飛び出し、手足を動かしながらコミカルに駆け回るARアプリです。

  • “Rakugaki”の楽しさを世界的に広めた「らくがきAR」を体験するティム・クックCEO

コロナ禍で多くの子どもが自宅で過ごさなければならない状況が続いていた2020年、おうち時間を家族で楽しく過ごしてもらいたいと開発を急ピッチで進め、2020年8月にApp Storeで公開。すると、漫画家の間で話題になっていき、人気マンガ「ワンピース」作者の尾田栄一郎さんがTwitterでらくがきARを紹介したことで人気に火が付き、App Storeで2020年に最も多くダウンロードされた有料総合アプリの1位を獲得するほどになったのです。

  • メモ帳などに書いたキャラクターがARで動き出す。キャラクターの手足は4本でなくても、キャラクターが横を向いていても構わない

  • スキャンされたキャラクターは、独自の技術で生き生きと手足や首を動かして動き回る

らくがきARで動かせるのは、あくまでも紙に描いたキャラクターだけで、iPhoneやiPadに直接描いたグラフィックスを動かす機能はありません。これは、色鉛筆やペンで紙に描く際に伝わる感触や摩擦、楽しさを大切にしてほしいからだといいます。アナログとデジタルを融合し、さらにARという技術でこれまでにない体験をもたらしています。

  • Whateverでデザイナー・クリエイティブディレクターを務める宗佳広さん(左)と、グランドコントロール・PRを務める小野里夏さん(右)

iPhoneだけでゴルフのスイングを正確に分析「Golfboy」

最後に体験したのは、QONCEPT(コンセプト)が開発した「Golfboy」。iPhoneのカメラ機能を使ってゴルフのスイングや打球を計測できるアプリで、ゴルフクラブに装着するセンサーなど特別な装置は一切必要ないなのがポイント。iPhoneの背面カメラを240Hzで駆動して精細にキャプチャし、スイングの様子やパターの動きなどを瞬時に画像化して確認できます。パターは室内などの狭い場所でも対応でき、仮想のゴルフコースを回って楽しむ機能もあるなど、コースに行かなくても楽しめるのもポイント。

  • パターを手に「Golfboy」を体験するティム・クックCEO。隣はグレッグ・ジョズウィアック氏

相当高度な処理をしていることから、新しめのiPhoneしか使えないのでは…と思ったところ、意外にもiPhone 8以降の機種に対応しているとのこと。それにもかかわらず、現時点ではAndroid版はリリースしていません。iPhoneは機種が違ってもカメラなどのハードウエアが均質でばらつきのないデータが取得できるのに対し、メーカーがバラバラなAndroidではそうはいかないからだそうです。

  • iPhoneのカメラを真下に向けてパッティングすると、パターの速度や傾きなどのデータに加え、240fpsでとらえた写真を瞬時に合成して表示する。真上からの撮影でも角度が検出できるのは、独自の特許技術を用いているとのこと

  • 垂直に立てたiPadの前でスイングをすると、瞬時にスイングを解析してプロと比較してくれる。ちなみに、スイングの体制に入るとiPadを操作しなくても自動的に撮影モードに移行するなど、とにかくUIが扱いやすく磨き上げられている

アプリ開発を手がけたQONCEPT社、実はゴルフの中継番組でボールの軌跡をリアルタイムに映像に重ねる技術をテレビ局に提供するなど、画像処理を専門とする会社。Golfboyにも、テレビ中継で蓄積したノウハウが詰め込まれています。ちなみに、Apple Silicon搭載Macの登場で飛躍的に処理性能が上がったことで、ゴルフ中継の画像処理もM1搭載MacBook ProとBlackmagic Designの映像入出力デバイスの2つがあればできるようになったそうです。

  • QONCEPT代表取締役社長兼CTOの林建一さん(左)と、運用統括部長の藤田洋介さん(右)

「日本のデベロッパーは創造性に長けている」

3社のアプリの体験中に何度も「素晴らしい」と目を丸くしていたティム・クックCEO、「ARで学習を楽しく進めるアプリ、パンデミックを家族で明るく乗り切るアプリ、自宅でもゴルフの腕を磨けるアプリなど、どのアプリも創造性が豊かで、社会問題の解決にも役立つアプリばかり。日本のデベロッパーはクリエイティブの能力が高いことを改めて感じました」と感想を述べました。

日本での提供開始を発表したApp Store Foundations Programについては、「デベロッパーのみなさんの成長を支援できることをうれしく思います。AR Kitや機械学習といったiPhoneの機能を生かし、革新的なアプリが多く生み出されることを期待します」とコメントしました。