北海道大学(北大)は11月4日、新開発の極低温氷表面の非破壊・超高感度分析が可能な「セシウムイオンピックアップ装置」を用いて、星や惑星誕生以前の宇宙空間に浮遊する極低温の氷微粒子上で生じる、原始的な有機分子である「ギ酸メチル」の合成の様子を詳細に観測することに成功したと発表した。
同成果は、北大 低温科学研究所の渡部直樹教授、同・日高宏助教、北大大学院 理学院石橋篤季大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
太陽とそれに従う惑星たちは、-263℃ほどの冷たい分子雲から生まれる。電波望遠鏡を用いた観測などから、こうした分子雲には、多種多様な有機分子が大量に存在することがわかってきており、それが彗星や隕石などによってもたらされ、生命の起源物質なる可能性が指摘されるようになっている。
そのため、こうした有機分がどのようにして合成されたのかを知ることは、地球上の複雑な有機分子へとつながる、宇宙での分子進化における初期の歴史を紐解くことになると考えられるが、その研究には、特殊な環境を再現する必要があった。
研究チームなどのこれまでの研究から、宇宙空間に浮かぶ0.1μm程度の氷微粒子の表面こそが、有機物を生成する宇宙の工場という役割を担っていることがわかってきている。しかし、超高真空・極低温下の氷表面で合成される有機分子は微量であり、その合成の詳細を実験で調べることは技術的に困難であるとされ、これまで実現しておらず、宇宙に観測されている有機分子合成のレシピはまったくの謎だったという。
そこで研究チームが今回開発したのが、真空中の極低温氷表面に存在する原子や分子などを、従来の手法よりおよそ100~1000倍の高感度で分析できるセシウムイオンピックアップ装置。同装置では、氷表面にエネルギーの低いセシウムイオン(Cs+)を照射し、セシウムイオンが表面に存在する原子や分子を破壊することなく捕獲した後、質量分析器に運び込むことで表面に存在する分子の種類や量を分析することができるという仕組みで、これにより、これまでブラックボックスであった、氷表面で微量な有機分子が生成される際の材料物質や合成に至る反応の順序がつぶさにわかるようになったという。
今回の研究では、宇宙のさまざまな領域で発見されており、より複雑な有機分子合成の鍵となる原始的な有機分子「ギ酸メチル」(HCOOCH3)に着目。宇宙環境を再現することができる実験装置内に、擬似的な宇宙の氷微粒子(-263℃)を作製し、その表面に、多くの有機分子の種になると考えられているメタノールを極微量に吸着させ、紫外線を照射、氷表面に生成された多種多様な原材料物質とそれらがギ酸メチルに変化する様子について分析が行われた。
その結果、ギ酸メチルは、メタノールと水分子が紫外線で分解することで生成されることを確認。反応性の高いCH3OやCH2OH、OHラジカルを材料とし、それらが決まった順序で反応することで合成されることが判明したという。
また、合成の最終段階ではギ酸メチルに水素原子が2つ余分に付いた「メトキシメタノール」(CH3OCH2OH)という有機分子を経由することも確認されたという。重要な点としては、氷中の水分子を由来とするOHラジカルがないと、メトキシメタノールの合成が有効に生じなくなり、ギ酸メチルの合成もほとんど起こらなくなるということも判明。この合成レシピはこれまでに提案されてこなかったもので、特に氷の存在が重要であることを示す画期的なものだと研究チームでは説明している。
また実験結果は、宇宙の星が形成しつつある領域でのギ酸メチルとメトキシメタノールの観測量とよく整合が取れており、その有意性が天文観測からも担保されたともしている。
宇宙で代表的な原始的有機分子の1つであるギ酸メチルを合成するには、これまで多くの化学プロセスが提案されていたが、今回の研究により、初めて確度の高い合成レシピが判明したほか、合成における氷微粒子の重要性が再認識されることにもなったとのこと、研究チームでは、今後、セシウムイオンピックアップ装置を用いることで、ほかの宇宙由来の有機分子を合成するプロセスも明らかになることが期待されるとしている。