国立天文台は10月23日、チリのアタカマ砂漠で建設が進むアルマ(ALMA)望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)を用いて、オリオン大星雲にある生まれたばかりの星「オリオンKL電波源I(アイ)」において、高エネルギー状態にある水分子が放つメーザーの検出に成功したと発表した。

成果は、国立天文台の廣田朋也助教らの研究グループによるもの。今回の研究は、アルマ望遠鏡の初期観測としては国内で2番目となり、その詳細な内容は天文学術誌「The Astrophysical Journal Letters」2012年8月28日号に掲載された。なお初期観測とは、アルマ望遠鏡がまだ完成していないため(全66台の電波望遠鏡の内、半数強は設置済み)、性能テスト兼ねて行っている観測のことである。

恒星は宇宙空間に存在する希薄なガスが重力によって集まることで誕生するが、その詳しい過程に関しては未解決の問題も多く残されている。例えば、「重い星はどのように作られるのか?」「軽い星と重い星のでき方は同じなのか?」という疑問には、まだはっきりと答えることができない。

その理由の1つは、重い星が生まれている領域はほとんどが太陽系から遠くにあるためで、星のすぐ近くの様子を詳しく観測するのが困難であるということが挙げられる。

星がどのようにして生まれるかを調べるのに最も有望な天体として知られているのが、オリオン大星雲中にある「オリオンKL」という赤外線を強く放射する星雲だ。

オリオンKLは、太陽の8倍の重さを超える重い星が生まれつつある恒星の形成領域の中では太陽系から最も近い天体(約1400光年)であり、1967年の発見以来、多くの研究がなされてきた。実際、すばる望遠鏡でも最初の観測はオリオンKLだった(画像1)。

画像1。すばる望遠鏡によるオリオン大星雲の赤外線写真。右上に見えるオレンジの星雲にオリオンKLがある。赤丸は、今回の研究でアルマ望遠鏡が観測した範囲(視野)だ

研究グループでは、国立天文台の「VERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry:天文広域精測望遠鏡)」という電波望遠鏡(VLBI:Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)ネットワーク(画像2)を用いて、オリオンKLにおける水分子や一酸化ケイ素分子からのメーザー(MASER:Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation:誘導放射によるマイクロ波増幅)の高解像度観測を行ってきた。

VERAは銀河系の3次元立体地図を作るプロジェクトで、国内の水沢(岩手)、入来(鹿児島)、小笠原、石垣島の4つの電波天文台をネットワークしたシステムを用いた、直径2300km(水沢~石垣島局間)に等しい電波望遠鏡で、いってみれば国内版アルマ望遠鏡という観測システムだ。

画像2。国立天文台のVERA。電波望遠鏡の数は4基だが、直径だけを見ればアルマ望遠鏡よりも2桁も大きい

オリオンKLの中心に存在しているのがオリオンKL電波源Iで、生まれたばかりの星としては極めて特異な天体である。この天体は若いにも関わらず、年老いた星でよく見られる一酸化ケイ素メーザーを放射している。メーザーを放射している天体は、年老いた星以外ではオリオンKLを入れて3天体しかなく、電波源Iの詳しい様子は、未だに解明されていない。

研究グループは、年老いた星と同じく一酸化ケイ素メーザーが検出される電波源Iでは、年老いた星で見られるように、星のごく近くにある高温ガスからの放射がほかにも検出されるのではないかと考え、温度3200℃の高温分子ガスから放射される高エネルギー状態(振動励起状態)の水メーザー(波長1.3mm、周波数232GHz)に着目した。

過去の口径10mクラスの電波望遠鏡によるオリオンKLの観測ではそのような放射は検出されていなかったが、アルマ望遠鏡による桁違いの感度と高い解像度ならば初検出も十分あり得る。そこで、今回の研究グループはアルマ望遠鏡によるオリオンKLの科学評価観測データの解析に着手した。

オリオンKL天体の科学評価観測は、16台のパラボラアンテナを使って2012年1月20日に実施。研究グループはこの観測で得られた232GHzの電波データを元に、水分子が発するメーザー(水メーザー)の探索と画像合成処理が行われた。

解析の結果、水メーザーと一致する周波数で明らかな電波が検出された。過去の観測では、この周波数帯付近では分子が放つ電波かノイズか判別がつかないレベルのデータしか得られておらず、新発見の電波放射であることは明らかだという。ただし慎重を期すため、星間分子のデータベースが調べられたところ、水メーザーとほぼ同じ周波数にほかの分子(ギ酸メチル、HCOOCH3)が放つ電波も入ってくることがわかった。

廣田助教によれば、「もし今回の観測がこれまで同様に単一の電波望遠鏡によるものであれば、"検出された電波は水分子かギ酸メチルか判別不能"という結論で、新しいことは何もわからなかったはずです。ですが、アルマ望遠鏡では高い解像度を活かして天体のどの位置から電波が強く出ているのかを調べることができるため、より詳しい検討が可能になりました」と、アルマ望遠鏡データの優位性を語る。

この検討の結果、水メーザーはギ酸メチルが放つ電波とは異なる場所で強くなっていることが判明(画像3)。水メーザーの強い場所は電波源Iに一致しており、予想通り、この天体の周りにある高温ガスから高エネルギー状態の水メーザーが放射されていることが明らかになった。このような高エネルギー状態の水メーザーが電波源Iのような生まれたばかりの星の周りで見つかったのは、今回が初めてのことだ。

画像3は、アルマ望遠鏡で観測されたオリオンKLの電波写真。(a)は周波数232GHzの電波強度分布。水メーザーと、ほぼ同じ周波数にあるギ酸メチル分子が放つ電波が混ざっている。電波源I(赤い十字)付近に明るい成分がある。(b)はギ酸メチルが放つ別の周波数の電波の強度分布。ギ酸メチルは電波源Iの周りにはなく、電波源Iとは別の分子ガスにあることがわかった。

(c)は(a)の電波写真と(b)の電波写真の引き算(a-b)の結果。つまり、水メーザーの周波数付近のデータに混ざったギ酸メチルが放つ電波の寄与を差し引いた画像だ。電波源I付近にだけ明るい成分が残っており、これが水メーザーの強度分布と推測できる。水メーザーを出す高温ガスの広がりは現時点でのアルマ望遠鏡の解像度(画像右下のだ円)と同じかそれよりも小さく、今後のより高い解像度での観測が期待される。

画像3。アルマ望遠鏡で観測されたオリオンKLの電波写真

次に調べられたのが、今回の水メーザーは電波源Iのどの辺りから出ているのかという点である。これを考えるヒントになるのは、VERAによってすでに得られていた一酸化ケイ素メーザーと、より低いエネルギー状態の水メーザーの観測データだ。アルマ望遠鏡のデータと過去に得られたデータを比較すると、これらの電波がほぼ同じ速度で運動するガスから放射されていることがわかった(画像4)。

画像4は、電波源I付近での高エネルギー状態の水メーザー(今回のアルマ望遠鏡の結果:黒)、センチ波の低エネルギー状態の水メーザー(米国のVLAの観測結果:赤)、一酸化ケイ素メーザー(今回の研究グループによるVERAの観測結果:青)の比較。すべてのデータで、ガスの速度が秒速-2.1km(地球に近づいてくるガスの速度)と+13.3km(地球から遠ざかるガスの速度)周辺で強度が強くなっていることがわかる。

画像4。電波源I付近での高エネルギー状態の水メーザー、低エネルギー状態の水メーザー、一酸化ケイ素メーザーの比較

一酸化ケイ素メーザーは電波源Iの周囲にあるガス円盤から、低エネルギーの水メーザーは円盤の回転軸にそって噴き出す高速ジェットから放射されていると提唱されている。そのため、今回アルマ望遠鏡で見つかった高エネルギー状態の水メーザーも、電波源Iのごく近傍のジェットかガス円盤中の高温ガスから放射されていると予想されるというわけだ(画像5)。

画像5は、電波源Iの想像図。一酸化ケイ素メーザーはガス円盤から、センチ波の低エネルギー状態の水メーザーがジェットから放射されていると考えられている。今回発見された高エネルギーの水メーザーは、円盤の中心にある生まれたばかりの星「電波源I」により近い高温ガスから放射されているという。アルマ望遠鏡で最高の解像度の観測を行えば、電波源Iの素顔に迫ることができると期待されるとした。

画像5。電波源Iの想像図

また廣田氏は、「高い感度と解像度を持つアルマ望遠鏡で、振動励起という高エネルギー状態にあるミリ波帯水メーザーがオリオンKL電波源Iという生まれたばかりの星の周りで初めて検出されました。科学評価観測では、アルマ望遠鏡のアンテナは16台だけ、アンテナの間隔は最大で350mにすぎませんでしたが、たった20分の観測でこれまで検出が不可能だった微弱な水メーザーの撮像に成功しています。アルマ望遠鏡により、私たちは高エネルギー状態の振動励起水メーザーという、高温ガスの新たな観測手段を手に入れたことになります。この新しい手段により、私たちは生まれたばかりの星のより近くにまで迫る研究が可能になるのです」と、今回の観測の意義について語っている。

アルマ望遠鏡が完成すれば、アンテナ数66基、アンテナの最大展開範囲は18.5kmとなり(画像6)、解像度は今回の観測データの50倍に達する。今回検出された高エネルギー状態の水メーザーは、画像上では点源にしか見えず、その空間的構造を調べることができない。

画像6。アルマ望遠鏡の完成予想CG。全66基のアンテナが最大で18.5kmの距離を置いて設置される

しかし、すでにVERAによって得られている一酸化ケイ素メーザーのデータとアルマ望遠鏡によって得られるミリ波・サブミリ波帯の高解像度データを組み合わせることで、オリオンKLの電波源Iに付随するガス円盤、あるいは高速ジェットの姿が初めて解明されると期待されるという。

オリオンKLは、1967年の発見以来、未だ十分な解像度での観測が得られていない謎の天体だ。アルマ望遠鏡による高解像度観測によりオリオンKLの正体が解明され、ひいてはオリオンKLのような重い星がどのようにして生まれるのか、明らかにすることができるだろうと、研究グループはコメントしている。