京都大学(京大)と日本医療研究開発機構(AMED)は8月23日、高齢者では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に反応するナイーブ型の「キラーT細胞」が少なく、老化したキラーT細胞が増えていることを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、京大 iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門の城憲秀特定助教(京大大学院 医学研究科兼任)、同・山中伸弥教授、同・濵﨑洋子教授らの研究チームによるもの。詳細は、老化と免疫を扱う学術誌「Frontiers in Aging」に掲載された。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、高齢者が重症化しやすいことから、加齢によるリスクファクターがある可能性が考えられている。一般的に加齢に伴って免疫応答能力は、徐々に弱くなっていくことがわかっているが、新型コロナにおける加齢によるリスクファクターについては、その実態は必ずしも十分に理解されていないのが現状である。

ウイルスに対する免疫応答は、一般的にT細胞が中心的な役割を果たす。中でもウイルスに感染した細胞をウイルスごと排除できる最前線で戦う兵士といえる「キラーT細胞」と、さまざまなサイトカインの産生を介して抗体産生や貪食細胞の活性化を制御する司令官の「ヘルパーT細胞」が協調して働くことが、新型コロナウイルスの制御と排除に重要であると考えられている。

免疫系は、異なる特異性を持つ抗原受容体を発現するT細胞集団を一定数準備しておくことで、未知の抗原に対する反応性を保証している。その中で反応する抗原にまだ遭遇していない新兵ともいえるT細胞を「ナイーブ(型)T細胞」というが、ナイーブT細胞の割合は加齢とともに徐々に低下していくことが知られている。

一方、特定のウイルスに一度感染すると、免疫系にはその情報を記憶する役割である記憶細胞が存在するようになる。キラーT細胞やヘルパーT細胞、情報収集役と抗体による遠距離攻撃役を務める「B細胞」などは、ウイルスなどの異物を排除したあとにその多くは死んでしまうが、一部の細胞はリンパ節などで記憶細胞(メモリーキラーT細胞、メモリーヘルパーT細胞、メモリーB細胞)として生き続け、新たに同じウイルスに遭遇した場合は、そうした記憶細胞たちが素早く増殖して対応し、感染を未然に防いだり症状の悪化を抑えたりする。ワクチンは、この記憶細胞を人為的に誘導する手法で、既存のコロナウイルスに新型コロナウイルスは似ていることから、こうした旧来のコロナウイルスに対する記憶細胞の一部が新型コロナウイルスにも反応しうる(=交差反応)という報告もあり、未感染の人でも新型コロナに対する免疫記憶をすでにある程度有していることが考えられるという。

こうした背景から、加齢や、過去の感染によってすでに獲得した「新型コロナウイルス反応性記憶型T細胞」(交差反応性T細胞)の数や機能の違いが、新型コロナの重症化の年齢差や個人差に影響を与えている可能性が指摘されているということを踏まえ、研究チームでは今回、新型コロナに感染していない若齢者(20代前半)と高齢者(70代前半)が体内に持つ新型コロナウイルス反応性T細胞の数や性質を調べることで、これらの可能性を検討することにしたという。

若齢者と高齢者から採取された血液を分析したところ、新型コロナに反応できるT細胞は、若齢者と高齢者ともに、主に記憶型(メモリー細胞の一種)に検出されることが判明したほか、どの分画においても、若齢者と高齢者との間に有意な差は見られなかったという。

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    (左)新型コロナに反応するヘルパーT細胞の割合と分化段階。(右)老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合。丸1つは1人のデータを示す (出所:京大 CiRA Webサイト)

また、ヘルパーT細胞と同様に新型コロナと反応するキラーT細胞についても若齢者と高齢者の比較を実施したところ、新型コロナウイルス反応性キラーT細胞のうち、ナイーブ型キラーT細胞は高齢者で有意に少ない値となったが、最終分化したキラー細胞のTEMRA(Terminally differentiated effector memory T cells re-expressing CD45RA。メモリー細胞の1種で最終分化したT細胞)や、老化したT細胞の割合が多いことが判明。また、キラーT細胞はヘルパーT細胞に比べると、個人差間での表現型のばらつきが大きい傾向にあることが判明したという。

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    (左)新型コロナに反応するキラーT細胞の割合と分化段階。(右)老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合。丸1つは1人のデータを示す (出所:京大 CiRA Webサイト)

また今回の研究協力者のうち、高齢者ではすべての人で、若齢者ではおよそ半分の人で、サイトメガロウイルスに感染していることも確認されたということで、若齢者のうち、サイトメガロウイルス非感染者と感染者とで、新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の割合を調査したところ、感染者では、より高齢者に近い傾向、つまりナイーブ型(NP)の割合が低下し、最終分化したTEMRAや老化したT細胞の割合が高くなる傾向が見られたという。

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    (左)若齢者におけるサイトメガロウイルス感染の有無によるキラーT細胞の割合と分化段階。(右)老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合。丸1つは1人のデータを示す (出所:京大 CiRA Webサイト)

研究チームによると、今回の成果は、高齢者では新型コロナに対する免疫応答のうち、ヘルパーT細胞が関与する応答(抗体産生など)と比較して、ウイルス感染細胞を直接殺傷し排除するキラーT細胞の機能低下が認められるとしている。また、高齢患者で重症化しやすい理由の1つに、体内にあらかじめ存在する新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の加齢に伴う変化である可能性が考えられるという。

また、サイトメガロウイルスに感染した若齢者の新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の表現型は、非感染の若齢者のそれに比べてより高齢者に近かったことから、サイトメガロウイルスの感染が、新型コロナの症状の個人差を説明する一因となる可能性もあるとしており、これらの知見が、今後の新型コロナに感染した高齢者への治療法やワクチン戦略の参考になることが期待できるとしている。