スペインのバルセロナで開催されるモバイル業界で世界最大の展示会「MWC Barcelona」。NTTドコモは新型コロナウイルスの影響で現地参加を見送り、会場で出展予定だった内容を再構成したものを国内で展示しました。その内容を紹介しましょう。
5G・6Gで電波の届きにくい屋内をエリア化する新技術
普及が進む5Gや将来世代の6Gでは、屋外の基地局から発した電波を屋内で受信することが難しくなっています。4Gまでと比べて高い周波数帯域を使うためで、ミリ波といわれる28GHz帯などの周波数帯の電波は、壁1枚で大きく減衰してしまうのです(屋内のエリア構築が困難に)。6Gになると、さらに高周波を使うことが想定されており、人が通るだけでも電波が遮断されます。
解決策のひとつとしてドコモが開発しているのが、「メタサーフェスレンズ」という技術を用いて、窓ガラスを電波の増幅装置として利用する仕組みです。窓ガラスを電波ガラス化することで、窓から入る電波を一方向に集約して増幅。リピーターなどから屋内に配信し、屋内をエリア化できます。
これによって屋内エリアが大きく改善することが分かったということで、実用化に向けた研究を継続していきます。
つまむアンテナ?
窓がない屋内でもエリア化させる技術として、「つまむアンテナ」も開発中です。特殊な素材で作った配線の内部に電波を通し、好きな位置から電波を漏えいさせて周辺をエリア化するというものです。
現在、地下鉄トンネルのエリア化などにおいて、漏えい同軸ケーブルが使われています。電波を流す同軸ケーブルに切れ目を入れて、そこから電波が漏れることでエリア化するというもの。あらかじめケーブルに切れ目を入れておく必要がありますが、つまむアンテナは配線を洗濯ばさみのようにつまむとそこから電波が漏えいするため、環境に応じたエリア設計の自由度が高く、エリア変更にも柔軟に対応できるメリットがあります。
つまむアンテナの配線はフッ素樹脂などによって作られた「誘導体導波路」と呼ばれ、周波数帯域によって太さは変わりますが、構造的には同様です。電波が通る「コア」と、その周囲を覆う「クラッド」から構成されますが、(光ファイバーとは異なり)クラッドは周囲の空気を利用するため金属で囲む必要がありません。壁の形状に沿って配線するといった柔軟性もあります。
任意の場所を誘電体で挟む(つまむ)と、そこから電波が漏えいして、周辺がエリア化します。例えば、廊下に沿って配線して部屋の入り口に誘電体を設置すれば、電波が室内に向けて放射されて室内をエリア化できる――というわけです。レイアウトが変わっても誘電体の位置を変えればいいだけなので、容易に対応できます。
展示会場では、60GHzの電波を使った映像伝送をデモンストレーション。送信側と受信側の間に壁を設置して電波を遮断すると、映像が止まってしまいました。そこで、壁の受信側にある誘導体導波路に誘電体を設置すると、映像の再生が再開。つまむアンテナが実際に動作する様子を確認できました。
つまむアンテナは、現時点で実用化の時期は未定とのこと。ですが、5Gや6G時代の屋内エリア構築に向けた技術として、今後も研究と開発を続けていくそうです。
マルチベンダーのオープンな5Gネットワークを海外へ展開
5Gのネットワークを構築する設備機材として、ドコモは複数ベンダーの装置を組み合わせています。これを「5GオープンRAN」と呼び、海外キャリアにも展開しようとしています。もともとドコモは以前から複数ベンダーを組み合わせたネットワーク構成でしたが、独自仕様だったインタフェースをオープンにして、様々なベンダーの装置やソフトウェアを接続しやすくしている点が特徴です。
2018年にドコモや海外キャリアなどで設立された「O-RAN Alliance」で仕様を策定しており、この成果をドコモの5Gネットワークで導入しています。ミリ波の対応や5Gのキャリアアグリゲーションなども、異なるベンダー間の装置を使っているそうです。ちなみに、海外のキャリアは基本的に、1社のベンダーでネットワークを構築するクローズドネットワークになっているとのこと。
2021年2月には「5GオープンRANエコシステム」をスタートし、12社のグローバルベンダーと協業。ドコモの場合、すでにコアネットワークは仮想化されていますが、このエコシステムによって無線アクセスネットワークの仮想化も目指しています。基地局におけるハードウェアとソフトウェア、そして必要な機能を分離して、それぞれを得意とするベンダーを組み合わせて構築することで、ネットワークをさらに進化させていきたい考えです。
こうした異なるベンダーの組み合わたネットワークは、すでにドコモが4Gネットワークまで行ってきたため、ノウハウがあるのが強み。構築した仮想化ネットワーク(vRAN)を海外キャリア向けにも販売していく、というのが5GオープンRANエコシステムの狙いです。
2021年秋には、ドコモが神奈川県・横須賀のYRPに設けているドコモR&DセンターにvRAN環境を構築。実際の性能や動作の検証を開始する予定です。2021年度下期には、vRANを検討する海外キャリアなどにも検証環境を開放。海外からリモートで検証環境に接続して、vRANの検証を行えるようにします。将来的には、検証環境内のベンダーの一部を変更するといった要望にも応えたいとしています。
ネットワークの高度化としては、RIC(RAN Intelligent Controller)の導入も図ります。これは、ネットワークのパラメーターや動作の状況などをデータベース化し、AIやビッグデータで解析してパラメーターを最適化。そのデータをさらに集集、解析して、より最適化するというものです。「究極的には、装置を置けば勝手に最適な状態になってくれる」まで見据えます。同時に、各装置や機能の電力消費も解析して最適化することで、省電力化も目指すそうです。
この5GオープンRANでは、既存のvRANに比べて1つの基地局がカバーするエリアが3倍以上、スループットも3倍以上、消費電力は2分の1以下という目標を掲げおり、2021年中には目標を達成する計画を示しています。
5GオープンRANの実証実験は2021年度中に開始し、2022年度には商用化して海外向けに販売していく考えです。
オープンRANの仕組みは、国内では新興の楽天モバイルも注力していますが、ドコモは12社のベンダーから複数の組み合わせで使えることを優位点としています。海外キャリアのニーズをくんで、複数のベンダーを組み合わせたパッケージとして販売することを想定しているそうです。海外キャリアが組み合わせにないベンダーを使いたいという場合は、オープンなインタフェースに対応すれば接続できるため、そうした拡張性にも優れているといいます。
今回のvRANは基地局ですが、オープンインタフェースを使うことでMECなども接続できるようになる、ベンチャー企業が独自の機器を開発してそれをオープンインタフェース経由でvRANに接続する、といった未来も考えられるでしょう。インタフェースを標準規格化することで、オープンRANエコシステムのさらなる拡大も目指していきます。
ローカル5Gのソリューションも
このほかの展示では、オープンRANの仕組みを利用したローカル5Gのソリューションも、グローバル展開していく計画を示しています。オープンRANのため、各国の事情に合わせた複数のベンダーを組み合わせられ、ソリューションの内容、設置場所に左右されず最適なネットワーク環境を実現できるとアピールしていました。
また、海外法人5Gソリューションコンソーシアムを13社と設立し、ワンストップでの5Gソリューションを海外にも提供していくとしています。
加えて、VR空間で左右の移動だけでなく上下も含めて自由に移動できて、多人数の同時接続に対応して体験を共有できる「ABALシステム」や、ボートのオールで水をかく重さやぶつかったときの衝撃も伝送し、VRと組み合わせて実際にボードをこいでいるような体験ができる「遠隔カヤックシステム」も展示されていました。
これまでのノウハウを海外にも展開して、新たなビジネスモデルを模索するドコモ。MWCの延期と現地出展のキャンセルで、実際の会場で来場者の反応は確認できませんでしたが、すでに海外キャリアとの話し合いも始まっているそうで、今後の動向が注目されるところです。