産業技術総合研究所(産総研)は6月1日、300mmウェハ上に不揮発性メモリ「MRAM」の単結晶記憶素子を製造する技術を開発したこと、ならびに、それをシリコンLSIに集積化する製造プロセス技術を開発したことを発表した。

同成果は、産総研 新原理コンピューティング研究センターの湯浅新治 研究センター長、同・スピンデバイスチームの薬師寺啓 研究チーム長、同・デバイス技術研究部門の高木秀樹 総括研究主幹らの研究チームによるもの。詳細は、6月13日から19日までオンライン開催される国際会議「2021 Symposia on VLSI Technology and Circuits」で発表される予定。

NAND型フラッシュメモリに代表される不揮発性メモリは、電源を切っても保存された情報が失われない特徴があり、次世代不揮発性メモリとして、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)、抵抗変化メモリ(ReRAM)、相変化型メモリ(PRAM)など、さまざまな種類の技術開発が進められている。

その中の1つであるMRAMは読み書きが高速で行える、書き換えの耐久性に優れる、消費電力が少ない、低電圧で駆動するなどといった特徴を有している。そのデータの記憶には、微小磁性体の磁化方向として情報を記憶する「磁気トンネル接合(MTJ)素子」が用いられている。

現在は電力消費の少ない電流書き込み型(STT-MRAM)が実用的な製品の主流となっているが、より電力消費が少ない電圧書き込み型(電圧駆動MRAMまたはVC-MRAM)の実用化に期待が集まっているものの、技術的難易度が高いため、研究段階に留まっているという。

また、産総研の研究成果を踏まえたCoFeB/MgO/CoFeB構造の多結晶MTJ素子の仕様が、現在までにSTT-MRAMやハードディスク磁気ヘッド、磁気センサなどで広く活用されるようになったが、現状の多結晶MTJ素子の改良だけでは、MRAMのさらなる微細化や電圧駆動MRAMの実現は、多結晶であるがゆえの性能ばらつきや、材料に起因する性能限界、ほかの材料への代替が性能的な問題として困難などといった要因から難しいという。

そこで今回、研究チームは多結晶ではなく単結晶MTJ素子を用いたMRAMの製造プロセスの実現に挑んだという。具体的には、単結晶MTJ素子をMRAMに集積化することを目指し、ウェハ直接ボンディングなどの三次元積層技術を活用することで、300mmmウェハの単結晶ウェハ上にエピタキシャル成長で単結晶MTJ薄膜を堆積させることに成功したという。

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    単結晶MTJ素子の三次元積層プロセス (出所:産総研Webサイト)

また、新たな材料を比較的自由に用いることができるエピ成長の利点を活かして、MgOに代わる、より高品質なスピネル酸化物「MgAl2O4」を用いたトンネル障壁層の作製にも成功したとする。

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    (a)直径300mmのシリコンウェハ上に作製された単結晶MTJ薄膜。(b)単結晶MTJ薄膜の断面の透過電子顕微鏡画像 (出所:産総研Webサイト)

さらに、単結晶MTJ薄膜ウェハと別に用意されたMRAM用LSIウェハの直接ボンディングにも成功したほか、ウェットエッチングにより、単結晶MTJ薄膜に損傷を与えずに裏面シリコンウェハの除去に成功。その後、MTJ薄膜の微細加工により、直径約25nmの円柱状のMTJ素子を形成。最終的に、誘電体と上部の金属配線を作り込むことで、ナノオーダーの単結晶MTJ素子をSTT-MRAM用LSIに集積化することに成功したという。

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    (a)LSI断面の電子顕微鏡画像。(b)MTJ素子周辺を拡大した電子顕微鏡画像。(c)ナノビーム電子線回折像。格子状であり、新たに開発された単結晶MTJ素子が単結晶を維持していることが確認できる (出所:産総研Webサイト)

なお研究チームでは今後、強磁性電極にも新材料を用いた単結晶MTJ素子を開発し、MRAMの超微細化や電圧駆動MRAMのための基盤技術として活用していく予定としているほか、今回開発されたプロセス技術については、MTJ素子に限らず、ほかのトンネル接合素子にも広く応用できるものだとしており、MTJ素子と並んで代表的なトンネル接合素子であるジョセフソン接合の単結晶化と新材料の導入を進めることで、長いデコヒーレンス時間を持つ量子ビットの開発を目指す予定ともしている。