いかに安価な衛星をたくさん打ち上げるかという挑戦

しかし、30機もの衛星を打ち上げるには、1機あたりのコストが安価でなければならない。また、取得したデータを、さまざまな国や機関、企業、地方自治体などで活用してもらうためには、データのコストも安くなければならず、そのためにも衛星のコストダウンは必須となる。

だが、SARの技術は難しく、従来は1機あたり数百億、安くても100億円もの開発コストがかかっていた。これではたくさん打ち上げることも、データを安く提供することも難しい。

また、安価にたくさん打ち上げるには衛星を小型・軽量化する必要もあるが、SARの装置は大きく、重くなりがちで、質量が数百kg~1t以上もあった。従来、SAR衛星には「フェイズド・アレイ方式」と「パラボラ・アンテナ方式」の2種類があったが、前者は電子機器をたくさん並べる必要があるため重く、後者はアンテナがかさばるため、機体が大きくなってしまうのである。

そこでSynspectiveでは、「平面スロット・アレイ・アンテナ方式」と呼ばれる、世界初、そして独自の技術を採用した。もともと通信に使われる技術を応用したもので、アンテナは7枚の70cm四方のパネルで構成されており、折りたたみ式にすることで、打ち上げ時はコンパクトに、宇宙では展開して長さ約5mのアンテナにすることができる。

特筆すべきは、アンテナのパネル同士は非接触、つまり隙間がある状態でありながら、パネルからパネルへ電波をしっかり送れるようになっている点である。宇宙では激しい温度差で、パネルやそれぞれの間の隙間が伸びたり縮んだりするが、新開発の「チョークフランジ」によって、電波をほとんど漏らすることなくつながるようなっている。

また、大電力のレーダー波を送信する技術も高いものが求められたが、高効率のGaN増幅器を開発することで解決。大電力が必要となる電源系も、前述のアンテナと同じパネルに太陽電池を実装することで、アンテナと同じく、打ち上げ時はコンパクトながら、宇宙では広い面積、すなわち高い発電能力を確保した。高い発熱量の処理も、構体パネルで蓄熱、放熱する技術を開発することで解決した。

こうした独自の方式や新技術の研究・開発により、大きくなりがちなSARの超コンパクト化、徹底的な軽量化を実現。これにより、質量は100kg以下と従来の約10分の1に、そしてコストは5億円、すなわち従来の約20分の1という数字を達成した。

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    StriX-αの想像図。左がロケット搭載時で、SARアンテナと太陽電池の機能をもつパネルが折りたたまれ、コンパクトになっている。右は軌道上でパネルを展開したときの様子 (C) Synspective

平面スロット・アレイ・アンテナ方式は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(ISAS)名誉教授、早稲田大学客員教授の齋藤宏文(さいとう ひろぶみ)氏、東京工業大学教授の廣川二郎(ひろかわ じろう)氏らが開発したもので、考案は1991年にまでさかのぼる。

廣川氏は「この技術は私がまだ20代だったころに考案し、特許を取りました。約30年経ってようやく日の目を見ることができ、大変うれしく思っています。今後もアンテナ特性の向上など、さらなる改良に向けた研究を続けていきます」と語った。

このSARの技術は、内閣府主導による革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」の中で開発されたもので、その後、それを実際の衛星システムとして造り上げるために、東京工業大学やJAXA/ISAS、東京大学、慶應義塾大学などの、衛星小型化技術で日本のトップランナーにある研究者が集結。産学官の連携と協力によって実現した。

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    StriX-αの元となった、小型衛星搭載用SARの試作品。パネルの写真に写っている面がSARのアンテナ、反対側の見えない面が太陽電池になっている(2017年8月25日、JAXA相模原キャンパス特別公開にて筆者撮影)

次の挑戦は「StriX-β」による干渉SAR

その後、このSARの社会実装、事業化を進めるため、Synspectiveが設立された。

そして、最初の実証衛星となる「StriX-α」が開発され、2020年12月15日にニュージーランドから、米ロケット企業ロケット・ラボ(Rocket Lab)のエレクトロン(Electron)ロケットにより打ち上げられ、予定どおりの軌道への投入に成功。順調に運用を開始し、2021年2月8日に初の画像の取得に成功した。

また同社では、2021年中に、実証2号機「StriX-β」の打ち上げも予定している。βは推進システムを搭載しており、軌道をつねに一定に維持し続けることができ、まったく同一の軌道から地表を観測し続けることができる。

つまり、SAR衛星によるあらゆるタイミングで撮像可能な能力による連続性にくわえ、毎回同一の軌道から撮影した普遍性をもったデータが、全地球規模で積み重ねられていくことになる。

そして、まったく同一の軌道からの観測データを使うと、「干渉SAR(Interferometric SAR)」と呼ばれる解析ができる。たとえば災害前と災害後の観測データの差から、地面がどれだけ動いたかをmm単位で検出することができるのである。これにより、地震や火山活動、地盤沈下、斜面変動といったさまざまな災害が発生した際に、その変動を捉え、そしてどう対応すればいいかといった洞察が得られる。

白坂氏は「StriX-αは平面スロット・アレイ・アンテナで本当に画像が取得できるかどうかを確かめるための実証機であり、推進システムはもっていません。しかし、βでは推進システムを搭載し、まったく同一の軌道を維持しながら、地表を撮影することができます。これにより干渉SARが実現できます。この干渉SARこそが我々のやりたいことであり、またβの技術は、30機のコンステレーションの実現に向けた礎となります」と語る。

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    StriX-αの想像図 (C) Synspective

「学習する世界の実現による持続可能な未来」へ

なお、同社は衛星の打ち上げに先立ち、2020年中に2つのクラウドベースのソリューションを開発、提供を始めている。

ひとつは「Land Displacement Monitoring(地盤変動モニタリング)」と呼ばれる、他社から購入したSARのデータを解析し、数mmの地盤沈下を広域に把握できるようにしたもので、空港メンテナンス、地下工事、エネルギー資源開発などに活用が進んでいるという。

もうひとつは「Flood Damage Assessment Solution(早期洪水被害分析)」で、洪水による浸水域や、被災した建造物や道路を自動解析することができる。SAR衛星は真夜中に起きた台風の被害もわかることから、救命活動や被害状況の把握の初動に役立っているという。

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    広域な地表面の変動量をmm単位で検出し時系列で表示する「Land Displacement Monitoring」ソリューションのデモ画面 (C) Synspective

新井氏は「私たちはSAR衛星開発とソリューション開発の両方の技術を持っており、そしてすでに実際に運用を開始しています。これは世界で私たちが初めて成し遂げたことであり、そして現時点で私たちしかいません。これは両方の技術を持っていること、なおかつそれを着実に実施していることが強みとして現れたものと思っています」と語る。

同社ではコンステレーションの実現とあわせ、観測データの自動解析によるソリューションの開発により、「社会情報プラットフォーム」を提供し、政府の意思決定、国際機関や学会での議論、保険会社、学校教育まで幅広く活用されることを目指すとしている。

新井氏は「持続可能な未来のために何を行えばいいのか、その施策は本当に有効なのかといった、仮説に基づく科学的検証を行い、学習しながら進歩していく。そんな『学習する世界の実現による持続可能な未来』を目指し、Synspectiveはその情報基盤を提供していきたいと考えています」と語った。

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    記者会見の登壇者。左でStriX-αの模型を持っているのが白坂成功氏。画面内の上段左から、新井元行氏、宇宙航空研究開発機構(JAXA)新事業促進部長の伊達木香子氏、東京工業大学工学院廣川研究室の廣川二郎氏。下段左から、JAXA宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系 准教授の田中孝治氏、東京大学 工学系研究科航空宇宙工学専攻 中須賀・船瀬研究室 中須賀真一氏、早稲田大学 研究院客員教授・Synspectiveシニアアドバイザーの齋藤宏文氏

2021年3月19日訂正:記事初出時、記事の一部で新井元行氏の苗字を誤って「荒井」と記載しておりましたが、正しくは「新井」となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。

参考文献

Synspective - Synthetic Data for Perspective
JAXA | 小型合成開口レーダー(SAR)技術の小型軽量化技術を確立
革新的研究開発推進プログラム ImPACT: 研究開発プログラム: 白坂 成功PM
Synspective - Synthetic Data for Perspective
Synspective - Synthetic Data for Perspective on Sustainable Development