打ち上げへの影響は不明

今回の試験後、NASAのジム・ブライデンスタイン長官は「この試験は、SLSのコア・ステージが、アルテミスIミッションの準備ができていること、そして将来のミッションで宇宙飛行士を運ぶための準備ができていることを確認するための重要な一歩でした。エンジンの燃焼時間は予定どおりとはいきませんでしたが、チームは点火までの準備作業を成功させ、そしてエンジンに点火し、私たちの進むべき道を知らせるための貴重なデータを得ることができました」と、前向きなコメントを述べている。

ただ、燃焼時間が不十分な結果に終わったことで、燃焼試験を再度実施したり、その結果開発スケジュールや打ち上げ時期に影響が出たりする可能性も考えられる。

NASAは現在もデータ分析を続けており、今後、2回目の燃焼試験が必要かどうかを判断するとしている。なお、エンジンを含めコア・ステージに損傷は見られず、状態は良好だという。また、燃焼試験を再度実施する場合でも、またこのまま打ち上げる場合でも、TVCのパラメーターを調整することで、今回のようなエンジン停止を防ぐことができるだろうとしている。

ブライデンスタイン長官は19日に行われた記者会見で、「再度燃焼試験を行うべき理由と、行わないほうがいい理由があります」と述べ、判断の難しさをにじませた。

たしかに、RS-25はすでにスペースシャトルで何回も飛行した実績があり、また今回起こった問題そのものは、試験特有のもので、実際の飛行では起こりにくいものだったかもしれない。

しかし、これまでにRS-25を4基同時に噴射して飛行したことはなく、そもそもNASA自身が今回の試験の成功ラインと定めていた、250秒間の燃焼すらクリアすることができなかった。したがって、再度燃焼試験をせずに打ち上げるというのは大きなリスクがある。アルテミスIは無人のミッションだが、もし打ち上げが失敗すれば、その後の計画へのダメージは計り知れない。

かといって、もし2回目の燃焼試験を行うなら、もともとかなり厳しいスケジュールがさらに厳しくなり、やはりその後の計画に影響が出る可能性がある。試験後の記者会見で、SLSのプログラム・マネージャーを務めるジョン・ハニーカット(John Honeycutt)氏は「エンジンの再試験のためには、準備に最低でも21日から30日はかかるだろう」とコメントしている。

またブライデンスタイン長官は、再試験を行うべきか否かの判断を難しくしている要因のひとつとして、コア・ステージの寿命をあげている。コア・ステージは液体水素と液体酸素の推進剤を9回充填できるように設計されており、そしてこれまでに、昨年12月の試験と、今回の燃焼試験で2回充填を行っている。もし、燃焼試験を再度行う場合、少なくとももう1回は推進剤を充填することになる。

つまりその分、実際の打ち上げの際に、推進剤を充填できる回数が減ってしまい、たとえば最悪のシナリオとして、充填後の打ち上げ延期が6回続けば、タンクを取り替えなければならなくなってしまう。

一般論から言えば、再試験を行うべきであることは明白である。ロケット開発の世界では「Test as You Fly, Fly as You Test」という長年語り継がれてきた格言がある。「飛ぶように試験し、試験したとおりに飛ばせ」という意味だ。それを徹底してもなお、新しい課題が出てきたり、打ち上げが失敗したりするのがロケット開発の難しさである。

かつてスペースシャトル計画の責任者を務め、現在はNASA諮問委員会の有人探査・運用委員会の委員長を務めるウェイン・ヘール(Wayne Hale)氏も「私は再度試験を行い、完全なデータを取得するべきだと思います。数週間の遅れが出るかもしれませんが、安全第一で、スケジュールは二の次に考えるべきです」とコメントしている。

  • SLS

    月へ向かって飛ぶSLSの想像図 (C) NASA

小さなつまずきが、計画にとって大きなつまずきとなるか

そして、再試験を行うかどうか、またそれによるスケジュールへの影響がどうなるかという問題と同時に、今回の試験でのつまずきは、SLS計画を続けるべきかどうかという点にも影響を与えるかもしれない。

そもそも今回の試験は、新しいエンジンなり技術なりが動くかどうか試してみるという部類のものではなく、今年11月に実際に打ち上げられる機体を用いて、何度も各要素の試験を行ったうえで、打ち上げ前の最後の確認のために行われたものであり、ある意味では成功して当然というものであった。同じ「試験」でも、スペースXの「スターシップ」の飛行試験のような、「とりあえず飛ばしてみる」というようなものとは、質の異なるものであったことは留意しなければならない。

それでなくとも、SLSの開発は、すでに何年もの遅延と30億ドル近いコスト超過を起こしており、大きな批判にさらされている。そのため最近では、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」などを2回に分けて打ち上げるなどし、SLSを中止してアルテミス計画を進めるべきという意見もある。

また米国議会は、2021会計年度の宇宙予算において、NASAがアルテミス計画に必要とした要求額より少ない金額しか認めておらず、2024年に月面着陸を実施するという計画が難しくなりつつある。

そして、そこへ政権交代も重なる。もともとオバマ政権時代に、月面着陸は早くとも2028年ごろと想定されていたこともあり、そこに開発の遅延、そして今回の問題が重なったことで、バイデン政権でスケジュールを後ろ倒しする判断が下される可能性もある。

今回の試験におけるつまずきは小さなものかもしれないが、SLSの開発やアルテミス計画にとっては大きなつまずきとなるかもしれない。

  • SLS

    月へ向かって飛ぶSLSの想像図 (C) NASA

参考文献

NASA Conducts Test of SLS Rocket Core Stage for Artemis I Moon Mission | NASA
Green Run Update: Data and Inspections Indicate Core Stage in Good Condition - Artemis
Space Launch System | NASA
Space Launch System Core Stage Green Run Testing | NASA