名古屋大学(名大)は、放射線の1種であるであるアルファ線を、光触媒効果を有する「酸化チタン」に照射すると、生体と反応しやすい原子・分子・イオンである「ラジカル」が発生することを発見したと発表した。

同成果は、同大学大学院医学系研究科総合保険学専攻の山本誠一 教授の研究チームによるもの。詳細は、米生物医学光学専門誌「Journal of Biomedical Optics」に掲載された。

酸化チタンは、380nm以下の波長の紫外線を照射されると、光触媒効果が生じることで知られている。同効果によって生じた電子と正孔が酸素や水と反応し、ラジカルを発生することから、すでに抗菌などに広く利用されている。ラジカルとは、奇数の数の電子を持つ原子や分子、あるいはイオンのことで、反応性が高く、生体に悪影響を与えてしまう。その一方で、放射線治療においてはがん細胞を死滅させる効果も有しており、まさに使いようによって毒にも薬にもなる物質だ。

酸化チタンに話を戻すと、同化合物は医療の分野でも注目されている。ナノ粒子サイズの酸化チタンを腫瘍のあるマウスに投与してその腫瘍に集積させ、同時に腫瘍に集積する「ポジトロン(陽電子)核種」を投与すると、腫瘍の治療効果が高まったという報告がなされている。ポジトロンの放出する「チェレンコフ光」が紫外線を多く含むため、酸化チタンと反応してラジカルを発生させ、腫瘍に対する高い治療効果が生じたことが理由と考えられている。

しかし、その一方で核医学に用いられているポジトロンから放出されるチェレンコフ光の強度は弱いため、発生すると推定されるラジカルの量からは治療効果を説明できないという反論もあった。なおチェレンコフ光とは、水や空気などの媒質中を進む電子などの粒子の速度が、その媒質中での光の速度よりも速い場合に放射される光のことである。光は水の中などでは、真空中に比べると速度が遥かに遅くなるため、電子などの粒子の方が速くなっても物理的な矛盾はない(電子の速度が真空中の光の速度より速いわけではない)。

山本教授はこれまでの研究において、チェレンコフ光を発生しない条件の放射線照射で水が発光することを発見していた。その発光は紫外線を多く含むことから、ラジカルが発生する可能性があると考察されている。そこで今回の研究では、チェレンコフ光を発生しない(紫外線を発生しない)アルファ線を、酸化チタンのナノ粒子を塗布したプレートに照射。電子と正孔の発生の計測が高感度CCDカメラにより行われた。なおアルファ線とは、アルファ粒子(陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核)の流れであり、非常に微弱ではあるが放射線の1種である。

その結果、アルファ線の照射によって酸化チタンプレートが発光。その発光スペクトルの分析を行ったところ、500~600nmにピークを有する分布であることが確認された。この発光スペクトルは酸化チタンに紫外線を照射した際のスペクトルと同じであり、酸化チタンプレートに電子と正孔が生じたことが示されているという。酸化チタンに生じた電子と正孔は、酸素と水と反応してラジカルを生成することから、アルファ線照射によりラジカルが発生することがわかったのである。

  • 酸化チタン

    (左)アルファ線照射による酸化チタンプレートの発光。(右)その発光スペクトル

紫外線を発生しないアルファ線であるにもかかわらず、酸化チタンにラジカルが生じる理由について、山本教授は次のように考察している。アルファ線の照射を受けることで物質は紫外線を含む発光を生じており、その発光が酸化チタンと反応することで、光触媒効果が起きてラジカルが発生しているというものだ。

また、山本教授がこれまでに観測した、チェレンコフ光を発生しない放射線の照射で生じた水の発光現象に対する考察も述べている。その発光現象は、放射線により生じる電子あるいは2次電子と、水分子中の電子との相互作用により発生した電磁波(光)だという。

しかしその発光は、ほぼ同時に発生するために互いに打ち消し合い、ほとんどが消えてしまう。そのため、離れたところでは観察されないと考えられていたが、山本教授は高感度カメラを用いれば撮影できることをこれまでの研究で明らかにしていた。なお、電子の速度が物質中における光の速度を超えたときには、その発光の一部が位相のそろったチェレンコフ光となることから、遠方からでも観察されやすくなる。

この消えてしまう放射線照射を要因とする水の発光は、そのごく一部がチェレンコフ光になることから考えると、発生地点では極めて大きな発光量を持つことが考えられるという。その水の発光が消える前に酸化チタンと反応すれば、多量のラジカルを発生させることになり、今回の実験結果を説明できるとしている。同時に、ポジトロンと酸化チタンの併用でマウスの腫瘍に対して治療効果が高かったという結果も説明できるという。

「アスタチン」(At-211)などのアルファ線放出核種は核医学内用療法に用いられ、がん治療に期待されている。今回の研究結果から山本教授は、酸化チタンをアルファ線核医学内用療法と組み合わせることで、がん細胞中にラジカルを発生させ、治療効果をさらに高める可能性が考えられるとしている。

またこのチェレンコフ光しきい値以下の発光現象は、アルファ線だけでなくすべての放射線で起こることから、ほかの放射線、例えば粒子線治療に用いられる陽子線や炭素線と酸化チタンを組み合わせることでもラジカルが発生し、治療効果をさらに高められる可能性があるとしている。