英国カーディフ大学などからなる国際研究チームは、2020年9月14日、金星の大気からリン化水素(PH3、ホスフィン)を検出したと発表した。

論文は同日付けの英国の天文学専門誌「Nature Astronomy」に掲載された

リン化水素は大気内での化学反応などからも供給されるが、今回検出されたほどの量を説明することはできない。そのため研究チームは、未知の化学反応か、リン化水素を排出する微生物によって生成された可能性があるとしている。

今回の研究では結論は出ておらず、今後のさらなる探査や研究に期待が高まる。

  • 金星

    NASAの探査機「マリナー10」が、1974年に撮影した金星。分厚い大気に覆われて地表は見えないが、その大気のなかに生命が存在するかもしれない可能性が見つかった (C) NASA/JPL-Caltech

金星でリン化水素が発見された意味とは?

太陽系の第2惑星である金星は、直径は地球の0.95倍、重さは地球の0.82倍と、大きさ、重さともに地球とよく似ており、そのため金星は「地球の兄弟星」とも呼ばれる。

いっぽうで金星は、二酸化炭素を主体とするひじょうに分厚い大気をもっているという大きな違いもある。この分厚い大気は地上で90気圧にもなり、また二酸化炭素の大気は強烈な温室効果をもたらし、金星の表面温度は460℃と、もはや暑いというより熱いという漢字がふさわしい世界になっている。さらに大気も含めてひじょうに乾燥していることもあり、地球上に生きているような生命が存在する可能性は低いと考えられている。

ただ一部の研究者たちは、高度50km付近では気圧も温度も下がることから、微生物のような生物が存在できるのではないかと考え、研究を続けてきた。

もちろん、金星大気にいるかもしれない微生物を直接見ることは難しい。そのため研究者たちは、大気の成分を調べることで、生命の存在の有無を判断することを考えてきた。たとえば、生命体によって排出されるいっぽうで、同時に大気での化学反応などでは作られにくい性質をもった分子があったとすれば、その分子が存在するかどうかが、生命がいるかどうかの指標となり得る。

こうしたなか、研究者たちは近年、「リン化水素(PH3、ホスフィン)」と呼ばれる分子に注目してきた。リン化水素とはその名のとおり、リンと水素が結びついた無機化合物である。

地球の微生物には、岩石や別の生物由来物質からリンを取り出し、水素を付加させてリン化水素として排出するものがあり、リン化水素は生命活動と関連することがわかっている。

また、金星大気のように酸素原子が多く存在する環境では、リンは水素原子よりも酸素原子と結合する可能性が高く、さらに塩化物イオンなどが大気中に存在すると、リン化水素は破壊されてしまう。つまり、金星大気においてリン化水素は安定的に存在できないはずと考えられる。

しかし、もし逆に、金星大気のなかにリン化水素が存在し続けているならば、失われる量以上のペースで、リン化水素を絶えず供給し続けるメカニズムがあるということになる。そして、その供給源は、地球にいるようなリン化水素を排出する微生物の活動によるものである可能性も出てくる。

そこで今回、カーディフ大学のジェーン・グリーブス氏をはじめとする、英国、米国、そして日本などの研究者からなる国際研究チームは、太陽系外惑星におけるリン化水素の調査を行うことを視野に、まず手始めに、太陽系の惑星の大気でリン化水素の有無を調査した。

そして、ハワイにあるジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)を使って金星を波長約1mmの電波で観測したところ、リン化水素の兆候を発見。それを受け、南米チリにあるアルマ望遠鏡を使ってさらに詳しく観測したところ、やはりリン化水素が検出されたという。

分析の結果、検出されたリン化水素は、大気分子10億個に対して20個程度の割合で存在していることが判明。そして研究チームは、このリン化水素がどのようにして生成されているのかを突き止めるため、太陽光や雷による金星大気の化学反応、地表から風によって吹き上げられる微量元素、火山ガスによる供給などといったシナリオを検討したが、こうした活動では、観測された量のせいぜい1万分の1程度のリン化水素しか作ることができないという結論に達したという。

  • 金星

    アルマ望遠鏡が観測した金星の画像に、リン化水素のスペクトルを重ねた画像。グレーの線がJCMT、白線がアルマ望遠鏡で観測したスペクトルである。より高温の低層部から強い電波が発せられており、中層大気にある低温のリン化水素が特定の波長の電波だけを吸収するため、スペクトルがへこんだ「吸収線」となってる (C) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Greaves et al. & JCMT (East Asian Observatory)

リン化水素の量は生物由来と考えれば辻褄が合うものの……

研究チームはさらに、地球上にいるリン化水素を排出する微生物を参考に、もし金星大気にこうした微生物がいたとした場合のリン化水素供給量も見積もった。

その結果、もし同様の微生物が金星大気にいた場合、検出された量のリン化水素を説明することができると結論づけている。

こうした研究の流れや、言葉の言い回しからもわかるように、金星に生物がいることが確実なものになったというわけではない。研究チームの一員である京都産業大学の佐川英夫教授は、「今回は大気内での化学反応などでは十分な量のリン化水素が作り出せないと結論付けましたが、もちろん私たちが見落としている、生命由来でない化学反応によってリン化水素が作られている可能性も大いに残されています。あらためて金星を観測し今回の結果を検証することも含めて、結論に達するまでにはまだまだ課題が残されていると思います」と語っている。

論文においても、今回の研究でリン化水素が存在していると考えられた高度50~60km付近の大気は、0~30℃程度と地球生命にとっても生息しやすい温度にはなっているものの、そのいっぽうで、この高度領域に存在する雲は濃硫酸が含まれる、きわめて酸性の高い環境であり、地球の微生物が生きていくには厳しすぎる環境であると指摘しており、決して金星で生命が存在することが裏付けられたわけではないことを強調している。

研究チームは「今後、アルマ望遠鏡をはじめとする地上大型望遠鏡による追加の観測にくわえ、将来の金星探査機による大気の詳細観測や、大気成分を地球に持ち帰るサンプル・リターンなどが実現すれば、生命の有無を含む謎に満ちた金星大気について、より詳しく理解できるようになるだろう」と締めくくっている。

  • 金星

    金星の想像図と、その中に見つかったリン化水素のイラスト (C) ESO/M. Kornmesser/L. Calcada & NASA/JPL/Caltech