米宇宙企業「スペースX」は2020年1月20日、開発中の有人宇宙船「クルー・ドラゴン」を、飛行中のロケットから脱出させる試験「飛行中脱出試験(in-flight abort test)」に成功した。

同社はクルー・ドラゴンを使い、米国航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士を国際宇宙ステーション(ISS)に輸送する計画を進めており、これが最後の重要な試験となっていた。

この成功で、いよいよ有人宇宙飛行の実施に向けた道が拓けた。

  • クルー・ドラゴン

    飛行中のファルコン9ロケットから脱出する、クルー・ドラゴン宇宙船 (C) SpaceX

クルー・ドラゴンとはどんな宇宙船なのか?

クルー・ドラゴン(Crew Dragon)は、スペースXが国際宇宙ステーション(ISS)へ宇宙飛行士を輸送するために開発している宇宙船である。

NASAは2006年、ISSへの物資と宇宙飛行士の輸送を民間企業に委託することを目指した「COTS(Commercial Orbital Transportation Services)」計画を創設。その背景には、当時ISSへの足として使っていた「スペースシャトル」が老朽化し、引退が迫っていたことや、民間の宇宙ビジネスを振興する目的、さらにNASAがISSより先の、月や火星の探査に注力できるようにするといった意図があった。

スペースXはこの計画に初期から参画し、NASAからの資金提供や技術協力をもとに、ファルコン9ロケットと、無人補給船「ドラゴン」を開発。2012年からいまなお、ISSへの物資補給を定期的に実施している。そして、そのドラゴンをもとに、有人宇宙船として開発しているのがクルー・ドラゴンである。

クルー・ドラゴンは、全長8.1m、直径4mで、打ち上げ時の質量は約12t。最大7人が搭乗でき、地球とISSとの往復や、月へ飛行できる能力ももつ。

機体は大きく、宇宙飛行士が乗る「クルー・カプセル」と、ISSへ運ぶ物資や機器を搭載する「トランク」の2つの区画に分かれている。

カプセルは10回程度の再使用ができ、運用コストの低減が図られている。ただし、NASAとの契約では、宇宙飛行士が乗るのは1回目の飛行のみで、2回目以降は補給物資を載せた無人補給船として使用されることになっている。

トランクには、側面の半周にわたって太陽電池を、もう半周にはラジエーターを装備。なお、トランクは使い捨てで、大気圏再突入前に分離され、大気圏で燃え尽きる。また、ISSで発生したゴミを搭載しておき、いっしょに燃やして処分することもできる。

クルー・ドラゴンは2019年3月、無人での試験飛行を実施。ISSにドッキングしたのち、地球への帰還にも無事成功し、有人飛行に向けたひとつの大きなハードルを越えた。

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    2019年3月、国際宇宙ステーションにドッキングするクルー・ドラゴン (C) NASA

クルー・ドラゴンを脱出させるエンジン

有人宇宙飛行において、最も重要なのは安全性である。たとえロケットが爆発しても、宇宙船を脱出させるなどして、中に乗っている宇宙飛行士の命だけは救うことが求められる。

そのため古今東西の大半の宇宙船には、「緊急脱出システム」や「アボート・システム(abort system)」などと呼ばれる、問題が起きたロケットから宇宙船を脱出させるためのメカニズムが装備されている。たとえばロシアの「ソユーズ」や米国の「アポロ」宇宙船には、先端に小型の固体ロケットを装備し、ロケットに問題が起きた際にはこのロケットに即座に点火して、宇宙船をロケットから引き離すことで脱出。打ち上げが成功して不要になれば分離して投棄する、という仕組みの脱出システムを装備している。

一方、クルードラゴンは、クルー・カプセルの側面に装備した8基の「スーパードレイコー(SuperDraco/スーパードラコとも)」というスラスターがその役割をもつ。ソユーズなどとは異なり、スラスターは宇宙船に組み込まれており、捨てられることはない。

エンジン部分は3Dプリンターを使って造られており、推進剤には四酸化二窒素とモノメチルヒドラジンを使用。1基あたりの最大推力は71kNを発揮する。

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    スーパードレイコーのエンジン部分。2基を1セットとし、クルー・ドラゴンの側面に4か所に分けて装備されている (C) SpaceX

また、推力は可変させることができ、クルー・ドラゴンをヘリコプターのように空中でホバリングさせることもできる。じつは、もともとスーパードレイコーは着陸時にも使用し、パラシュートを使わずに地上の狙ったところにピンポイントで着陸したり、月や火星などに着陸したりといったことにも使えるとされていた。ただ、前者は安全性の問題から、後者はクルー・ドラゴンを月や火星に送るという計画がなくなったことから、現時点では一旦棚上げとなり、脱出用にのみ使われることになっている。

ちなみに、宇宙船本体に比較的大きな液体ロケットと、その推進剤のタンクを装備した宇宙船は、スペースシャトルを除けばほとんど例がない。また、脱出用のロケットを機体に組み込む形式の宇宙船が実用化されたこともない。機体に組み込む場合、使い捨てる場合と比べ、帰還時の質量が増えるため大きなパラシュートが必要であったり、エンジンや推進剤を抱えていることでトラブルのリスクがあったりといったデメリットがある。ただ、その一方で打ち上げごとに捨てなくてもいいため、コストの低減に役立つメリットもある。

スペースXは2015年に、発射台上でトラブルが起きたという想定で、スーパードレイコーを噴射してクルー・ドラゴンを離脱させる試験(pad abort test)を実施。同じ年にはホバリングする試験も行い、さらにそれと並行して、スーパードレイコー単体での地上燃焼試験も、累計700回以上行われた。前例のない脱出システムの形態であることから、とくにNASAへの安全性の証明は大きな課題だったとされ、前述のように、着陸時にも使うという案が流れたのも、まさに安全性を考えてのことだった。

こうした試験を踏まえ、クルー・ドラゴンは2019年3月、無人での試験飛行に成功したものの、同年4月、その機体を使ってスーパードレイコーの地上燃焼試験を行っていた際、爆発事故が発生。有人飛行を目前にして足止めを食らうことになった。その後、原因の究明が行われ、再発防止のための再設計を実施。そして11月には、再設計したスーパードレイコー(SuperDraco/スーパードラコとも)の試験に成功した。

参考:スペースX、「クルー・ドラゴン」宇宙船の爆発事故の原因を特定


参考:スペースXの「クルー・ドラゴン」宇宙船、脱出用スラスターの試験に成功

こうした紆余曲折を経て行われたのが、有人飛行に向けた最後の大きなハードルとなる、飛行中のロケットから脱出する試験「飛行中脱出試験(in-flight abort test)」だった。

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    スーパードレイコーを噴射してホバリングするクルー・ドラゴン(写真は2015年の試験のときのもの) (C) SpaceX