「カセットテープ」と聞いて読者の皆様は何を思い浮かべるだろうか。青春に思いを馳せ郷愁を覚える人もいれば、カセットなんて見たことも触ったこともないという人もいるだろう。ひょっとしたら近年のカセット復興の波に乗って「ついこの前、新譜のカセットを買ったぜ」なんて強者がいるかもしれない。アニメ「けいおん!」のアイキャッチ(A/Bパート冒頭の短い映像)を思い浮かべたそこのあなた、きっと同志だ。

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    「音楽を聴きながら瞑想する人」のコスプレ

かくいう筆者は昭和最後の年の生まれで、少年時代に初めて触れた音楽メディアがカセットだった。親が持っていたアイワの真っ黒なCDラジカセをほぼ私物化し、学習教材についてきたカセットにFMラジオのもっとも雑音が少ない周波数帯の音を録音して“まっさらな状態に上書き”し、エアチェック(編注:ラジオ放送の好みの曲などを録音すること)をやっていたことを思い出す。「メタルテープのいいところはね……」などとウンチクを垂れてくれるオーディオマニアな優しいオジサンは、少なくとも私の周りにはいなかった。ただ好きな曲を残していつでも聴けることが嬉しくて、暇さえあれば「どうやったら手持ちのラジオだけでいい音を受信できるか?」と試行錯誤していた。

ソニーの「ウォークマン」の存在を知ったのはMDを使い始めてからだ。折しもMP3文化が盛り上がりを見せ、ソニーはウォークマンに様々なバリエーションを追加しながら立ち位置を模索しているように感じたものだ。とはいえ、デジモノにさほど強くない実家には、私が大学に入るまでインターネット環境に繋げられるような素敵なパソコンはなかった。通っていた高校で昼休みに40分ばかり開放されていたパソコン室に入り浸って製品Webサイトをプリントアウトしたり、部活の帰りに家電量販店で最新ウォークマンのカタログを集めたりして、飽きるまでずーっと眺めていた。お金のない少年時代は、ウォークマン2号機「WM-2」の真紅のカラーだけをまるっとマネした、名の知れないメーカーの“カセットウォークマンモドキ”で満足していた。

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    MDウォークマン10周年記念モデル(ソニーのWebサイトより)

「だからなんだ」という話だが、ウォークマンは筆者にとってその頃からずっと“憧れの存在”だった。印象的だったのは、アルミへアライン加工が美しかったMDウォークマン10周年記念モデルの「MZ-E10」、「MZ-N10」。同時に発表されたMDデスクトップオーディオシステム「LAM-Z10」は、父親が愛好する重厚なステレオセットとは全然違うスタイリッシュなデザインが格好良くて、正直メチャクチャ欲しかったが高価でもあった。結局、カセットが使えてもっと廉価なソニー製ミニコンポを買ってもらったワケだが……

ソニーがスポンサーを務めていた頃のTV番組「世界遺産」で盛んに流れていた、初代ウォークマンAシリーズ「NW-A3000 / A1000 / A600」のCMも強く記憶に残っている。フランツ・フェルディナンドの当時の新曲「Do You Want To」を使ったアーティストバージョンのほか、同じ曲をバックに女子校生が教室でホウキを片手にエアギターをかき鳴らし縦横無尽に飛び回る「ROCK’IN少女篇」などもあった。余談だが「Do You Want To」は同時期の深夜アニメ「Paradise Kiss」(パラダイス・キス、原作:矢沢あい)のエンディングテーマにも使われていたハズである。とにかく格好良かった。

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    “人と音楽を深く結ぶ”がコンセプトの初代ウォークマンAシリーズ「NW-A3000」

ウォークマン40周年モデル、買いましたか?

いきなりあさっての方向に全力疾走した昔話から書き出してしまったが、ちゃんと最新のウォークマンAのレビューをするつもりだ。モデル名は「NW-A100TPS」。初代カセットウォークマン「TPS-L2」が発売されて今年で40周年を迎えるのを記念したスペシャルパッケージで、12月15日23時59分まで期間限定で販売している。11月に発売されるハイレゾウォークマン「A100」の派生モデルにあたる。

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    ウォークマン40周年記念モデル「NW-A100TPS」(右)

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    NW-A100TPSの背面。ウォークマン40周年を表すロゴがプリントされている

長ったらしい昔話から始めたのは、IFA2019会場でお披露目されたウォークマン40周年モデルのレポートを読み返していて、記憶の蓋が知らないうちに開いてしまったためだ。「でもお高いんでしょう?」と若干及び腰ではあったが、いざ発表されてみれば税別42,000円前後というから驚いた。

手の届かないような価格なら、開いた記憶の蓋をそっ閉じすれば良かった。だが4万円台である。同じ価格帯で音が良さそうなポータブルプレーヤーはいくつか思い浮かぶが、初代機「TPS-L2」を模したデザインの専用ケースに、TPS-L2の発売当時のパッケージを再現したスペシャルボックスがついて、通常のNW-A105(税別32,000円前後)との差額は約1万円。この価格をどう考えるかは人によるだろうが、「私は安いと感じた」(冷静に考える余裕を失った顔で)。記憶の蓋どころか財布の紐まで緩んでしまった。

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    ウォークマン40周年モデルのスペシャルボックス

「つまり買ったんですね?」

もちろん、答えはYESだ。

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    スペシャルボックスを開けたところ。初代カセットウォークマンのパッケージを再現したデザインを採用した。ソニーの担当者によれば、初代ウォークマンでは右のA100TPS本体が収まっている場所にステレオヘッドホン「MDR-3」がセットされていたという

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    ウォークマン1号機「TPS-L2」

製品内容や詳細についてはそれぞれの記事を参照いただきたい。上記の通り、この製品は12月15日までの期間限定販売品で、筆者は記事掲載とほぼ同時にオンラインのソニーストアに飛び込んで予約を済ませた。順調にいけば11月14日に出荷される見込みだ。ただ、これから注文しようと思っている方には残念なお知らせだが、10月末時点で納期は約3カ月待ちとのこと。ボーナスを握りしめ、首を長くして待つしか無いだろう。

11月14日の出荷日まではひと月もある(10月16日の国内発表時点)。待つ時間も楽しみのうちではあるが、早く触って使ってみたい……ということで、ソニーにお借りできないかダメ元で相談してみたところ、短い期間ではあるがウォークマン40周年モデルを試用できることになった。

「TPS-L2」デザインの専用ソフトケースを付けたA100TPSを手に取り、家に転がっていた未開封のカセットテープと重ねて持ってみた。カセットとほぼピッタリ同じで、見事なサイズ感だ。この記事のための写真や動画を撮りながらひとりで興奮していたのはここだけのヒミツだ。

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    「TPS-L2」デザインの専用ソフトケースを付けたA100TPS本体をカセットテープと重ねてみた。なんとほぼ同じサイズだ

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    ケースの裏面。「STEREO」の刻印がどこか誇らしげだ