宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月15日、国際宇宙ステーション(ISS)第54/55次長期滞在クルーとして168日間宇宙に滞在した金井宇宙飛行士のリハビリテーションの様子を公開した。JAXAが宇宙滞在期間後に国内でのリハビリを行うのは、大西宇宙飛行士に次いで2人目となる。

金井宇宙飛行士が宇宙滞在を終えてカザフスタンに着陸したのは6月3日。その後6月4日にヒューストンへと移動し、6月5日よりリハビリを開始していた。6月12日、日常生活に支障がないところまで健康状態が回復したため、6月13日に日本に帰国した。

JAXAの有人技術部門で宇宙飛行士・運用管制ユニット長を務める田崎一行氏は、「長期宇宙滞在期間後の活動について、これまで段階的に日本主体で実施する役割を拡大してきた。今回、前回の大西宇宙飛行士より早期に帰国し、リハビリを開始することができたことは、我々の新たな知見の蓄積につながる」と今回の金井氏の早期帰国がJAXAにとって重要であることを説明する。

  • 説明を行ったJAXA 有人技術部門 統括医長の三丸敦洋氏と同じく有人技術部門で宇宙飛行士・運用管制ユニット長を務める田崎一行氏

なぜ”早期帰国”が重要なのか

ではなぜJAXAは、日本で宇宙飛行士のリハビリを行うことに力を入れているのか?

それは、帰還直後の活動のすべてを日本主体で行うことが出来るようになれば、将来の有人宇宙活動において日本が貢献できる分野が広がる、というのはもちろんのこと、宇宙飛行士が実施したミッションのフィードバックを早い時期に行えることや、帰還後のリハビリによって得た知見が、高齢者の転倒予防などといった分野へ活用できることが期待されるためであるという。

通常、長期滞在ミッションを終えた宇宙飛行士はその後、飛行前の健康状態まで回復するために、45日間のリハビリを行う。2016年、大西宇宙飛行士は、帰還後22日後に日本に帰国したのに対し、金井宇宙飛行士は今回、帰還後10日で日本へと帰国できた。将来、直接日本へと帰還するために必要が技術を徐々に獲得している段階だ。

なお45日というリハビリ期間は変わっているわけではないため、金井宇宙飛行士は約3週間日本でリハビリを実施したのち、再度ヒューストンへと戻る予定となっている。

「すでに9割くらい回復」-リハビリの様子を公開

金井宇宙飛行士が行うリハビリの概要が説明されたのちには、本人がリハビリを行う様子が公開された。

  • 「帰ってまいりました」と挨拶する金井宇宙飛行士

まずは、自転車エルゴメータを使用した有酸素運動の様子。ちなみにこの運動は、特殊な機器を用いることで無重力環境でも行えるようにしていたため、軌道上でも使用していたとのこと。

  • 有酸素運動を行う

その後は、動的ストレッチング。スクワットや体重のコントロールが出来なければ難しいポーズをとりながらの歩行などを行う。軌道上でも筋肉トレーニングは毎日行っていたため、筋肉はあまり衰えていないそうだが、長い間無重力環境にいたために平衡感覚がなくなってしまっており、このリハビリで地上での身体のバランスのとり方を思い出させているというわけだ。

  • 動的ストレッチング

「ずれている平衡感覚は、足の筋肉でカバーしているイメージ」と金井宇宙飛行士。リハビリをはじめたばかりのころは、すぐに倒れてしまおうとする身体をすべて足の筋肉で支えていたため、足が筋肉痛になってしまっていたという。また、「日常生活をおくるために必要な能力は90% 程度回復した」と語るが、簡単な運動でもすぐに息があがってしまっているようだった。日常生活を送る分には問題がなくても、ジャンプやジョギングなどといった運動はまだ十分にできないようだ。

  • 「質疑応答をしていると休憩になるんです」と、リハビリ中にも記者に話しかける金井宇宙飛行士

現在、同氏が一番苦労しているのはバランスクッションを用いたリハビリだ。バランスクッションの上に乗り、2kg~4kgのボール(メディシンボール)を用いてキャッチボールをするのだが、クッション上での体重の移動とそれを支えることが難しいという。

  • バランスクッション上で体勢を保つのが難しい

そのほかにも、メディシンボールを投げ上げることで筋肉の瞬発力を鍛えるトレーニングやラダーを用いたトレーニングも公開された。「大変だが、日に日に身体の感覚が戻っていくのがうれしい」と金井氏。きついながらも真剣にリハビリに取り組んでいる様子が見られた。

  • 筋肉の瞬発力を高めるために、メディシンボールを高く投げ上げる

  • ラダー中は、思うように身体が動かずにもどかしいと感じている様子だった

拷問のように感じた地球帰還直後の眩暈

リハビリを終えた金井宇宙飛行士は、その後報道陣からの質問に回答した。帰還直後の感覚について聞かれると、「とにかく目が回って気持ち悪かった。椅子の上に座ってぐるぐると回ると目が回るが、あの感覚が24時間続いているような状態だった。重力にも身体が慣れていないので、手をあげるだけの動作でも、拷問のように(きつく)感じた」とのこと。

  • 質疑応答の時間には椅子も用意されていたが、「これもリハビリの一環」と立ったまま質問に答えていた

さらに今回、大西宇宙飛行士の時と比べて日本への帰国のタイミングが早まったことに関しては、「帰還後、早いタイミングでリハビリを行うことによって、JAXAのノウハウ蓄積に貢献出来ている。特にリハビリ中の”生の声”を伝えることが出来るため、よりリアルな知見を得る一助となっているように感じる」と語る。

また同氏は医師でもあるため、リハビリのやり方に思うところもあるようで、「この方式は、NASAがやっているものを輸入しているだけ。今後は日本独自のやり方をつくっていくことが我々の使命だと感じている」と語る。自身のリハビリの経験と医師としての知識を合わせることで、新たなやり方が開発されれば、日本における有人宇宙活動の得意分野が増えることとなりそうだ。

ISSでの約半年間のミッションを終えた金井宇宙飛行士。休む間もなく、同氏に課せられたのは”リハビリ”というミッションであった。このミッションを順調に終えたころには、今回ISSで行ったさまざまなミッションの結果も徐々に出てくることだろう。同氏が今回達成した(もしくは現在挑戦中の)ミッションがどのような形で今後実を結んでいくのか、期待して待ちたい。